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いつもは動きやすいパンツスタイルの多い日和だが今日は違う。歩くたびにふわふわと揺れるベージュのロングスカートにホワイトの萌え袖ニット。一度も染めたことのない綺麗な黒髪はあえてまとめずストレートにおろしてきた。吊り目気味の瞳にはたっぷりのマスカラを塗ってなるべく柔らかい印象にし、可愛さを少しでも出そうとメイクもいつもより少し甘めだ。
(ああ~勢いで来ちゃたけど緊張してきた……)
目の前に聳え立つ高層ビル。なんだかやばい女が来た、と上から見下されていような気がした。
(ま、負けないわよ~!)
ゴクリと喉を鳴らし意を決する。
一歩踏み出すとすぐに自動ドアが開いた。
「すっご……」
ビルの中はラグジュアリーな空間が広がっていた。二階中央部分は吹き抜けになり開放感が素晴らしくその中央に大きなシャンデリアが堂々と光り輝いている。床は一面ブラウンの絨毯が敷き詰められており、シャンデリアのゴージャスな光がゆらゆらと絨毯を照らしていて眩しいくらいだ。本当にここは結婚相談所なのだろうか? 結婚相談所と言う場所に初めて来る日和には基準が分からず、ここはお城のように思えた。
受付にいるスタッフの人も一際美人で同性の自分でさえ目が合うとドキリとしてしまう。
「あ、あの、予約した田邉です」
「田邉様ですね、お待ちしておりました。なにか身分を証明できるものはございますか?」
財布から保険証をとりだし受付スタッフに見せる。しっかりと身分証明書をちゃんと確認するあたりがしったりした所だな、と日和は少し安心した。
「はい、確認致しました。スタッフが直ぐに来ると思うのであちらでおかけになってお待ち下さい」
ロビー左側には軽く腰をかけるのに丁度いいソファーとガラスのローテーブルのセットが置かれており日和はゆっくりとソファーに腰を下ろした。
(うわぁ、私本当に結婚相談所に来たんだ……)
ノリと勢いで来てしまったものの、なんだか妙に気分は高揚していた。これから新しい出逢いがあるのかと思うと気持ちがくすぐられているように、ソワソワする。
「田邉様お待たせ致しました。本日担当させて頂きます西野(にしの)と申します」
これまた目鼻立ちがハッキリした美人で、ショートカットがよく似合うスタッフ。男性会員はスタッフに惚れてしまうんじゃ無いか? と思ってしまうほど。
「では早速ですがあちらの個室にてアンケートを取らせていただきますね」
こちらです、と案内された個室に入り一通りの説明を受け、入会する気満々だった日和はすぐに入会書にサインし、記入してくださいと出されたアンケート用紙を埋めた。
相手に求める収入や職種、喫煙の有無など事細かに書き、自分の事もかなり細かく書いたのでかなり疲れた。
「ではこのアンケートを元に田邉様の条件に合ったお相手の方を探したいと思います。他にもパーティーなども開催しておりますので相性の良い方と必ず出会えると思いますよ。田邉様のお仕事はパティシエとの事ですが甘いものはお好きでしょうか?」
「あ、はい。好きです」
日和は大の甘党だ。ケーキが大好きで専門学校に通いパティシエになりたいという幼い頃からの夢を叶えた。フランスに一度留学をし、今はパティシエとしてケーキ屋で働いている。
「よかったです。では今お持ち致しますので少々お待ちください」
今時の結婚相談所ってケーキまで出してくれるんだ、嬉しい~なんてお気楽な事を思っていたのだがなかなかスタッフの人が戻ってこない。
(遅いなぁ、どうしたんだろ)
ふと何時か気になりスマートフォンを取り出し画面のロックを外そうとした所で西野が戻ってきた。なんだか慌てているような、最初の落ち着いた雰囲気はどこかへ消え去ってしまっている。
「田邉様大変お待たせいたしました。ケーキの方は社長室にご用意させていただいたのでご案内させて頂きます」
「へ? 社長室?」
西野は日和に有無を言わせる隙を与えずに「こちらです」と足速に案内する。
日和も訳がわからず西野の後を着いていく事しかできない。
(会員になった人は皆んな社長室でケーキを食べるのかな?)
結婚相談所が初めての日和は基準が分からないのでそんなもんなのかな、程度にしか思っていなかった。
一階はロビー、二階はパーティー会場、三階は会員達との相談個室、四、五、六階は社員用オフィス、七階は社長室になっているそうだ。エレベーターのボタンの所にご丁寧に書かれていたから多分合っている。
最上階の七階でエレベーターが止まり「どうぞ」と西野がドアを止めてくれていた。
ありがとうございますと素早くエレベーターを降りると目の前の扉に社長室と書かれたプレートがドアにさがっている。
西野が先にドアを開けた。
「社長、田邉様をお連れいたしました」
「あぁ、悪かったな。もう西野は下がっていいぞ」
顔は見えないが社長と呼ばれる人の声は低くて芯の太い、よく響く声だった。
「では田邉様、どうぞお入りください」
「は、はあ。お邪魔します……」
なんだかよく分からない状況に驚きつつも言われた通りに日和は社長室に入った。
社長室はロビーのラグジュアリーな雰囲気とはまた違うモダンな感じの部屋。
南側の壁は一面がガラスで見晴らしがよく、そのガラス壁の前には社長のだと思われるデスク。そこに座っているスーツの男性は社長と呼ばれていた人だろうか? 真田洸夜(さなだ こうや)と書かれたネームプレートがデスクの上に置いてある。洸夜は日和に気づいていないのか一切こちらを向かない。
緊張しながらも日和は物珍しさに周りを見渡した。インテリアなどは一切なくただただ広い部屋にデスクとブラックの対面ソファー、間にはガラスのローテーブル。凄くシンプルな部屋だった。グレイの絨毯が一面に敷き詰められており、フカフカすぎて土足で歩いても良いものかと悩んだが靴を脱ぐような場所もないのでそのまま歩き進める。
「あ、あの~」
デスクの椅子に座って南側の外を見ていた男が「あぁ、ようやく会えたな」と言いながらクルリと椅子を回転させ日和の方を向いた。
(うっわ……めっちゃイケメン……ん? ようやく会えた?)
いや、こんなイケメンと会ったことがあるなら忘れるはずない。太陽の光に当てられて輝いているブラウンのきれいな髪。しゅっとした輪郭にはそれぞれのパーツがバランスよく配置されていて切れ長な二重の瞳、その瞳はきれいな髪と同じブラウン色で、なんだか吸い込まれそうなほど強い目力。筋の通った高い鼻に唇は薄くて血色の良い綺麗な色をしている。一言で言えば芸術品のような顔立ちだ。
「なにをジロジロ見ているんだ」
洸夜は長い脚を組み替え両手を膝の上に起き日和をジィっと見つめ返した。
「いえっ、ジロジロ見ていたつもりは無かったんですけど……」
「まぁいい。そこに座れ」
日和は言われた通りにソファーに腰掛けるとドサッとソファーが凹んだ。
(は?……)
「あぁ、日和は本当甘くて良い匂いだ」
日和の隣に腰掛けた洸夜は日和の首元に吸い付くように頭を肩に乗せスゥッと鼻から息を吸う。
「ひぇっ!? な、なんですかっ!!!」
息が首にふわりと当たり背筋がゾクリと震える。洸夜の胸を両手でグッと押し身体から引き離した。
「何って、お前から会いにきてくれたんだ。嬉しくて触れたいと思うのは当然だろ?」
ぐるりと肩に手を回され身体を引き寄せられる。何を言っているのかさっぱり分からない。もしかして人違いでもしているのだろうか?
「あ、会いに来たと言うか私はここの結婚相談所に登録しにきただけでっ。離してください! 人違いです!」
グイッと身体をひねらせ洸夜から逃げ出そうとするも力が強くて抜け出せない。
「離れんなって。お前、俺が誰か分からないのか?」
耳元で囁くように声を流し込まれ身体が熱くなってきた。
(ん……この声……)
どこかで聞いた事のあるような、無いような……ハッキリと思い出せない。
「あ、あの~、どこかでお会いしましたっけ?」
「ったく、こんなに近くにいるのに思い出せないとか仕方ねぇな」
洸夜は気怠そうに左手で日和の顎をクイッと持ち上げた。
バチリと視線がぶつかり合い色素の薄い瞳に吸い込まれそうになる。パチンッと金縛りにあったかのように身体が動かない。
「え……んんっ……んーッ」
頭を掻き抱かれ強引に奪われた唇。熱くて、柔らかくて、熱で溶かされて呑み込まれてしまいそう。
強張っていた身体はどんどん蕩けはじめ頭も身体もジンジンと痺れてきた……何故か洸夜の舌に答えてしまう。
「んぅ……はぁ……」
一度離れた唇、まだキスされているような感覚が残っている。
なんだろう、こんな身体の芯まで溶かされてしまいそうなキスはしたことが無いはずなのに、なんだか洸夜の唇の熱と柔らかさを知っているような気がした。
「ああ、可愛い。日和の唇がこんなにも俺に応えてくれるんだ、もう思い出しただろう?」
日和の頬に手のひらを当て優しく包み込む。目を細めて日和の顔を見る洸夜の表情はひどく優しく、穏やかだ。
「あ……えっと~」
こんなイケメンどこで会ったんだろう。茶色の髪に茶色い目、高い身長に、低くてよく響く声……
「お前は俺だけに抱かれてろって言っただろう?」
「抱かれ……あーーーっ!!!」
お前は俺だけに抱かれてろ、このフレーズに聞き覚えがある! でもそんな夢みたいなこと、いや、夢の中の話なんだけど、え? どういうこと?
驚きと動揺でズザザとソファーから後退りしようとしたところを「離れんなって」と腰を抱かれ引き戻された。
「思い出した?」
嬉しそうに口角を上げて日和の顔を覗き込んでくる洸夜、夢では目元がはっきりと見えていなかったがそれ以外は似ている、いや、似ているどころか不感症の日和が感じてしまうのは夢の男だけ。でもそんなことって……
「ありえない……ちょ、ちょっと!」
日和の身体をすっぽりと洸夜は包み込み、耳元で囁かれた。
「ありえなくないから今ここで確証させてやるよ」
低くて響く声が媚薬のように全身熱くを巡っていく。
「な、なに言ってんのよっ、あのねぇ! んんっ、ちょっとっ」
唇にちゅっ。
「日和」
頬にちゅっ。
「会いたかった」
額にちゅっ。
「好きだ」
最後の言葉にドキンと胸が高鳴る。こんなに真剣な表情で、声で好きだなんて言われたのは生きてきた中で初めてかもしれない。
ブラウンの瞳は真っ直ぐに日和を見つめる。少しの濁りもなく、真っ直ぐに。
「あの……んぅ……」
塞がれた唇の隙間から甘い声が漏れる。
(やだっ、この声私? キスがこんなに気持ちいなんて……)
柔らかな洸夜の舌が日和の舌に絡みついては離さない。
離さない、そう強く言われているような気になってしまいそう。