プロローグ(遥 はるか)
夏の匂い
夏の空は、いつも嘘みたいに青い。
この空を見てるとき、俺は“匂い”がない。 言葉も、音も、表情も、なにひとつ、俺の中に残らない。 だから、たぶん俺は、夏が好きだ。
母さんに無理やり渡された切符で、俺は田舎の駅に降りた。 蝉の声、草の匂い、土の熱。 それらすべてが、静かに俺の感覚を埋めていく。
だけどその中で、ひとつだけ違うものがあった。
あの子の声だった。
最初に聞いたとき、その声には、何の匂いもしなかった。 それが、逆に強烈だった。
まるで、音だけでできた水のような声だった。
そのときから、俺の夏は少しずつ変わり始めた。
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