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〖アイビー〗
# 6
〔 青空視点 〕
何が起きているのか、
理解しようとすればするほど
頭の中が遠ざかっていく。
考えなきゃいけないのに
考えるほど、輪郭が溶けていく感じがした。
成亜が…家にいる。
キッチンに立って、
冷蔵庫を開けて、
買い物袋の中身を、手慣れた動きでしまっている。
その光景が
不自然すぎて
逆に自然に見えてしまうのが、怖かった。
『……あの』
声を出した。
はずだったのに
自分の声が、自分のものじゃないみたいに遠い。
成亜は振り向かない。
聞こえなかった?
聞こえてて無視した?
……それとも、僕の声が小さすぎた?
どっちでも、
おかしいはずなのに。
まあ、そういうこともあるか
と、 納得できてしまいそうになる自分がいた。
鍵
連絡
家事
頭の中で単語だけが浮かんでは、
うまく繋がらずに沈んでいく。
渡した覚えは、ない
……はず。
でも
「本当に?」と聞かれると、
即答できない自分がいる。
昨日は飲んだ。
かなり。
途中から、記憶が飛んでて、
自分が何を言って、何を渡したのか、
自信を持って説明できるほど、覚えてない。
……じゃあ、成亜の言うことが正しい?
そんなはず、ない。
ない、のに。
『……僕、…』
唇が震える。
また声を出す。
今度は、ちゃんと聞こえた気がした。
『合鍵、渡したって……』
言葉が、止まる。
続きを言おうとした瞬間、
頭の中で、二つの考えが同時にぶつかった。
持ってるなら、渡した?
渡したなら、忘れた?
忘れたなら、
僕の記憶が間違ってる?
成亜は、相変わらずご機嫌だった。
その背中が、
あまりにも落ち着いていて、
あまりにも正しそうで。
……おかしいのは、僕のほう?
そんなわけ、ない。
……ないよね?
でも、成亜は嘘つかないし……
そんな考えが、
気づかないうちに
心の真ん中に座り込んでいた。
手に力が入らない。
胸の奥が、ひやっと冷える。
安心していいはずなのに、
逃げ出したい気持ちが、消えない。
信じたいのに、
信じたら戻れなくなる気がして。
視線をテーブルの上で止める。
呼吸が浅くなって、心臓が耳まで響く。
『……変だ』
ぽつりと零れた声は、
ほとんど独り言だった。
でも、その言葉すら、
本当に正しい感覚なのか、
もう分からなかった。
成亜は手際よく買い物を片付けて、楽しそうに微笑む。
……間違ってるのが僕なら、直せばいいだけだよね。
それしか、考えられなかった。
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こげ丸