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「阿部」
呼ばれて顔を上げると、だての唇が重なった。離れた時、うっとりと見つめられ、頬を撫でられる。
解ってるのかな…この人。
翔太の気持ち。
ずっとだてが好きだった。
けれど。
まさか結ばれるわけがないと思っていた。
そう思って、自分の気持ちに蓋をしていたのに。
だては、涼太は、当たり前のように俺を選んだ。
今思えば。
『翔太と舘様は運命の二人だから』
『俺なんて、足元にも及ばないよ』
なんて、自分を呪うための言葉、翔太にぶつけて自分の中に上がっていく熱を抑えていたのだっけ。
翔太はそういった言葉を受け取る時、どんな顔をしていたろう。
今はもう、思い出せない。
「何考えてるの?」
気づけば、ソファの向かいで、不思議そうに俺を見る、今や俺の恋人となったかつての片想いの相手は、優しく俺の手を取っていた。
「ううん。何でもない」
「…そう」
もう少し飲む?
そう言って、立ち上がり、ワインを見せる彼に首を振ると、涼太はじゃあ、どうする?と首を傾げた。
「お風呂入ろうか。そして、そのまま愛し合うのはどう?」
涼太はいいよ、と言って、お風呂見て来るねといそいそと姿を消した。
翔太に悪いと思う気持ちはない。
ないけれど。
彼と涼太がピッタリと嵌るのは、俺の理想であり、俺の夢でもあった。
そしてこうして俺と涼太が付き合うことになって解ったことがある。それは、涼太と翔太は、恋人関係なんてありきたりなものよりもっと深い、もっと強い絆で結ばれているということだった。
「涼太ぁ、俺のこと、好き?」
「好きだよ。お風呂、入れるよ」
涼太の心の中には、恋人である俺がいる。それは疑いようがない事実だ。
涼太はいつも誰よりも俺を優先してくれるし、愛してくれている。涼太の寄り添い方に不満はないし、俺も彼を愛している。
でも。
服を脱がせ。
二人で、熱いシャワーを受けながら、唇を貪り合い、涼太の白く跡のつきやすい身体に花を散らしている今も、俺はふと、考えてしまう。俺は翔太にいつまでも敵わないのじゃないかと。
「あっ、阿部……んっ……」
鎖骨に吸い付くと、やや強めに唇の跡を付けた。首にはさっき付けた噛み跡。なんだか今夜は涼太に俺の印を付けたくてそうした。
熱に浮かされた涼太は、もっとして欲しそうに濡れた目で俺を見上げている。あどけないその顔に、無垢な表情に、俺はため息を吐くような気持ちで、視線を落とし、勃ち上がった胸先を舌で転がしていく。
「んっ………んっ……」
涼太と付き合う、となった時。
いざその時が来たら、涼太は抱かれたいと言った。 些かな驚きがあったが、俺はそれを了承した。翔太はきっと抱かれたいだろうから、付き合うと決まった時、俺が抱かれる方とばかり思っていた。しかし、涼太の希望は違った。
『阿部に、愛されたい』
◆◇◆◇
ベッドに倒れ込み、涼太を組み敷く。
両手を纏めて上方に縫い付け、覆い被さると、涼太はまた色っぽい濡れた目で俺を見上げた。涼太のものはすっかり勃ち上がっていて、この後加えられるであろう刺激を待ち望み、俺に向かって主張していた。風呂で一度繋がった後なので、どうしようかな、と少し悩んでいると、涼太が阿部のを舐めたい、と言い出した。
「いいけど…。いいの?」
「したい」
頷くので、腕を解放する。
涼太は下方へと降りていき、俺の半分勃ち上がったものを咥えた。
「んっ」
涼太の口淫は、いつだって気持ちがいい。初めてされた時、本気で腰が砕けるかと思った。そして間違いなく俺が初めての彼氏じゃないなと思った。それほどに男のツボを押さえている。根元から先端まで、何度もびくびくとなるほど、絶妙な力加減で奉仕される。それほど早くない俺でも、我慢出来なくなって、いつもより大分早く達してしまう。
「りょ……いく、いきそう…」
なぜか今夜は輪をかけて気持ちよく、俺は涼太の黒髪を掴んで、離させようとした。しかし涼太はその手を合図のように、さらに深く早く、吸い付いていった。
「あっ、涼太、もう……っ…ああっ…」
あっさりと達し、涼太の口内に飛沫が放たれた。涼太は涼しい顔でそれらを飲み込むと、上目遣いに俺を見た。
「亮平、挿れて」
うつ伏せになり、俺を待っている。
挿入しやすいように、腰を上げてすらいる。すごい眺めだ。露わになった後孔はビクビクとひくついていた。俺は自分のものを手で扱きながら、もう一度勃たせると、スキンを着けた。ローションを塗り込み、入り口へとあてがう。そして風呂で一度柔らかく解された涼太の中へとゆっくりと挿入した。
「はぁ………」
涼太のため息とも、快感ともつかない声が漏れる。涼太の中は熱くて、そして狭くて、それでも抵抗することなくするすると俺を飲み込んでいく。
そういえば思い出した。
初めて繋がった時。本当に初めて涼太と繋がった時。涼太はちゃんと『初めて』のように感じられた。慣れた口淫とのアンバランスさに、その時不思議に思ったのを思い出した。
「涼太、感じてる?」
「感じてる……んっ……ああっ…深い……」
涼太は後ろから挿れられるのが好きだ。今までそれについて深く考えたことがなかった。腰を振りながら、涼太の感じる声を聴きながら、俺は知らぬ間になんとも言えない疑念に取りつかれていた。
涼太は、誰と愛し合っているんだろう。
涼太は誰を求めているんだろう。
その相手は本当に、俺なのだろうか。
「イク………んんっ……」
激しく涼太を突き上げ、射精しながら、俺はいつものようにしっかりと涼太を後ろから抱きしめていた。涼太も俺の下で荒い呼吸を繰り返している。やがて硬度を失くしたそれは、涼太の中からずるりと抜けた。
そのまま隣りに倒れ込む。
涼太の顔は汗で濡れている。その横顔は美しかった。涼太は俺の視線に気づいて、にっこりと笑う。
「好きだよ、阿部」
「…………………俺も」
俺はなんとも言えない気持ちになって、でも、ちゃんと涼太のことが愛おしくて、汗で濡れた髪を幾度も撫でた。
◇◆◇◆
明け方。
仕事へ向かう涼太とともに家を出た。キスを交わし、次に会う約束をする。お互い忙しいから、毎日とはいかない。それでも忙しいスケジュールの合間を縫うように、会う時間を互いに捻出していた。そこに他人が入り込む余地なんてなかった。
「涼太。愛してるよ」
「俺も愛してるよ」
サングラスの奥の瞳は見えない。
でもその言葉にきっと嘘はないだろうと思う。身体を寄せ合い、優しく抱き合うと、玄関を出て、それぞれの場所へと分かれた。
いつか。
俺たちがだめになっても、ならなくても。
涼太と翔太は変わらないし、涼太の常に一番近くには翔太がいるんだろう。その面影が消えることは決してない。
恋愛よりも強い絆。
家族よりも深い絆で彼らは結ばれているのだから。
そんな関係に、俺は妬くのではなく、不思議だけれど、どこか畏敬の念を抱いているのだった。
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