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魔王の腕の中は、思っていたよりずっと温かかった。
(……怖い存在のはずじゃなかったっけ?)
黒曜石の床を進むたび、私の視界には異様な光景が広がる。
屈強な魔族たちが、通路の両脇にずらりと並び、全員が深く頭を下げている。
「姫君に栄光を……」
「そのお御足に、床が触れることすら恐れ多い……」
(え、床に触れちゃダメなの!?)
思わず父――魔王の胸元をぎゅっと掴むと、
彼はすぐに気づいて、歩調をさらにゆっくりにした。
「どうした、セラフィナ。怖いか?」
首を横に振りたいのに、赤子の身体は言うことを聞かない。
代わりに、小さく「うー」と声が漏れた。
それだけで――。
「……聞いたか」
「姫君が不安を感じておられる」
「城の構造を、今すぐ見直せ」
(待って待って待って)
誰も私の意見を聞いていない。
魔王は扉の前で立ち止まり、静かに告げた。
「セラフィナの部屋だ。
魔界で最も安全で、美しく、快適な場所を用意させた」
重厚な扉が開くと、そこには――
(……お姫様の部屋!?)
天蓋付きの寝台、淡く光る魔法石、
壁一面に描かれた幻想的な星空。
「気に入ったか?」
魔王の問いに、私はぱちぱちと瞬きをした。
(そもそも、赤ちゃんにこんな部屋必要?)
すると、一人の男が静かに前へ出た。
漆黒の短髪、鋭い灰色の瞳。
無駄のない動きと、研ぎ澄まされた気配。
――近衛騎士だ。
「失礼いたします、陛下」
彼は片膝をつき、低く名乗る。
「クロウ・フェルゼン。
本日より、姫君付き近衛騎士を拝命いたしました」
「この命に代えても、セラフィナ様をお守りします」
(……もう護衛いるの?)
魔王は満足そうに頷いた。
「よい。
セラフィナに近づく者は、魔族であろうと容赦するな」
「御意」
クロウの視線が、一瞬だけ私に向けられた。
冷静で感情の読めない瞳――のはずが、
ほんのわずか、揺れた。
(……見惚れてる?)
生まれたばかりの赤子に、
そんな反応するのおかしくない?
だが、その瞬間――。
「……姫君が、微笑まれました」
誰かが息を呑む。
(え、今の私!?)
「尊い……」
「これは……危険だ」
「世界の均衡が……」
(規模でかすぎ!)
魔王は、深く息を吐いた。
「……想定以上だな」
その腕に抱かれながら、私は確信する。
――この城、
全員過保護すぎる…
そしてきっと、これからもっと増える。
私…
普通に生きられる気がしない。