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1件
「……まだ、思い出してないんだね」 この一言で全部持ってかれた……。 過去の箱を調べるうちに三人の存在が浮かび上がってきたのに、電話の向こう側の声が直接的な記憶を呼び覚ます演出が巧みすぎる。ずっと静かに積み上げてきた伏線が、一気に主人公の内側で炸裂した感じがした。 「私は一人じゃないよ」「あなたと」って返す彼女の言葉も、不安な状況だからこそすごく沁みる。クラリスさんの心理描写、今回も本当に丁寧で美しかったです。続き、気になって仕方ない……
第六十三話 知らない番号
『その箱のことは、もう調べない方がいい。』
画面に表示された一文を、彼は何度も見返した。
誰からなのか。
なぜ自分に送ってきたのか。
そして――どうして箱のことを知っているのか。
考えれば考えるほど、分からないことばかりだった。
彼はしばらく迷ったあと、返信を打った。
『誰ですか?』
送信。
既読はつかない。
数分待っても、何も返ってこなかった。
「……なんなんだよ」
スマートフォンを机の上に置く。
けれど、気になって仕方がない。
もう一度手に取る。
画面には、さっきのメッセージだけが残っていた。
彼はその文章を
スクリーンショットして、彼女に送った。
『これ、さっき届いた』
すぐに既読がついた。
『知らない番号?』
『うん』
『怖くない?』
『ちょっと』
少し間が空く。
『明日、一人で行かないでね』
彼は思わず笑った。
『そっちも一人じゃん』
『私は一人じゃないよ』
『誰と?』
『あなたと』
その返信を見て、彼はしばらく何も言えなかった。
不安だったはずなのに、少しだけ気持ちが軽くなる。
『じゃあ明日、一緒に行こう』
『うん』
その日は、それ以上調べなかった。
翌日。
二人は昨日の店の前で待ち合わせた。
「おはよう」
「おはよう」
彼女は少し眠そうだった。
「昨日、ちゃんと寝た?」
「一応」
「絶対寝てないでしょ」
「そっちもでしょ」
「……まあね」
二人で笑った。
昨日までなら、
こんなふうに笑う余裕もなかったかもしれない。
でも、今は少し違う。
過去を追いかけているはずなのに、
今の時間も少しずつ増えている。
店に入ると、昨日の店員が気づいてくれた。
「また来たんですね」
「はい。昨日の箱のことで、もう少し聞きたいことがあって」
店員は少し考えたあと、
奥から古いノートを持ってきた。
「これ、昔の記録なんですけど」
ページをめくっていく。
年月日の並んだ記録。
予約。
忘れ物。
受け取り。
その中に、一つだけ手書きで囲まれた部分があった。
彼女が指を止める。
「……これ」
そこには、
『小箱 窓側の席』
と書かれていた。
さらに、その下。
『翌日、男性が受け取り』
彼の表情が変わった。
「男性……?」
店員が頷く。
「たぶん、その箱を取りに来た人ですね」
「顔とか、覚えてませんか?」
「さすがに昔のことなので……」
店員は申し訳なさそうに首を振った。
けれど、ページをめくる手が止まった。
「……あ」
「何かありますか?」
「この日に、もう一つ記録があります」
二人がノートを覗き込む。
箱を受け取った男性についてではなかった。
その日の欄に、小さく書かれていた。
『本人、来店予定だったが来ず』
彼は息を止めた。
「本人……」
彼女もその文字を見つめている。
「これって……」
店員は困ったように言った。
「誰のことかまでは、もう分からないんです」
彼はノートから目を離せなかった。
箱を置いた人。
それを受け取った男性。
そして、その日に来るはずだった「本人」。
三人いる。
もし、その「本人」が自分なら。
事故の日の前後には、
自分が知らない誰かが動いていたことになる。
店を出たあと、彼女が静かに言った。
「ねえ」
「うん」
「昨日のメッセージ……」
彼はスマートフォンを取り出した。
『その箱のことは、もう調べない方がいい。』
「これが誰なのか、分からないまま」
「うん」
「でも、もしかしたら……」
彼女はそこで言葉を止めた。
「どうした?」
「その人、箱を取りに来た人なんじゃないかな」
彼は考え込んだ。
あり得る。
けれど、証拠はない。
そのとき。
彼のスマートフォンが震えた。
また、知らない番号だった。
今度はメッセージではない。
着信。
彼と彼女は顔を見合わせた。
「……出る?」
彼女が聞く。
彼は画面を見つめた。
そして、ゆっくり通話ボタンに指を伸ばした。
「もしもし?」
返事はなかった。
ただ、数秒後。
小さな声が聞こえた。
『……まだ、思い出してないんだね』
その声を聞いた瞬間。
彼の中で、何かが弾けた。
雨の日。
道路。
遠ざかっていく誰かの背中。
そして――
自分を呼ぶ、あの声。
『……待って』
通話はそこで切れた。