テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#恋愛
らりるれろ
80
みおん
6,484
32
コロッケ
275
第六十四話 声の主
通話が切れたあとも、
彼はスマートフォンを耳から離せなかった。
「……切れた?」
彼女の声で、ようやく我に返る。
「うん」
「何て言ってた?」
彼は画面を見つめたまま答えた。
「『まだ、思い出してないんだね』って」
彼女の表情が変わる。
「……それだけ?」
「そのあと、昔のことが頭に浮かんだ」
「事故の日?」
「たぶん」
彼は目を閉じた。
雨。
濡れた道路。
自分を呼ぶ声。
そして、誰かが遠ざかっていく。
でも、顔だけが見えない。
「声、覚えてる?」
彼女が尋ねた。
「分からない」
そう答えた直後だった。
彼女が小さく呟いた。
「……私、あの声知ってるかもしれない」
「え?」
「昨日からずっと考えてたの」
彼女はスマートフォンを握りしめる。
「『また、ここで会おうね』っていう声」
「うん」
「私が昔聞いた声と、今日の声……似てる気がする」
彼は黙った。
もし同じ人物なら。
その人は、二人の過去を知っている。
事故のことも。
箱のことも。
そして、彼が失った記憶のことも。
「……もう一回、電話してみよう」
「え?」
「この番号に」
彼が発信ボタンを押す。
呼び出し音が鳴る。
一回。
二回。
三回。
しかし、出ない。
「やっぱり無理か」
通話を切ろうとした、その瞬間。
『もしもし』
二人とも固まった。
さっきと同じ声だった。
「……あなたは誰ですか」
彼が聞く。
しばらく沈黙が続いた。
『それを知る前に、聞きたいことがある』
「何?」
『あの箱、見つけた?』
彼は答えなかった。
隣を見る。
彼女も黙っている。
『……まだ見つけてないんだね』
「箱は店にあった。でも、誰かが持っていった」
『そう』
「あなたが取りに来たんですか?」
電話の向こうが静かになる。
『違う』
「じゃあ誰?」
『それは……』
一瞬、声が途切れる。
『君が思い出したら分かる』
「なんで俺が思い出すまで言わないんですか」
『言ってしまったら、君はまた同じことをするから』
彼の胸がざわついた。
「同じことって何?」
返事がない。
「事故のことですか?」
電話の向こうで、小さく息を呑む音がした。
それだけで十分だった。
関係がある。
彼は確信した。
「あなたは、事故の日にいたんですか?」
長い沈黙。
そして――
『……いたよ』
彼女が息を呑む。
彼は言葉を失った。
事故の日。
自分の記憶から抜け落ちている一日。
そこに、この声の主がいた。
「じゃあ、俺は何をしてた?」
『それは……』
「教えて」
『まだ駄目』
「なんで!」
思わず声が大きくなる。
彼女が彼の腕にそっと触れた。
電話の向こうから、静かな声が返ってくる。
『君が自分で思い出さないと、本当の意味では戻らないから』
「……」
『それに』
声が少しだけ震えた。
『君が思い出したら、きっと私のことも分かる』
「……名前は?」
初めて、電話の向こうが黙り込んだ。
そして、ほんの少しだけ笑ったような声がした。
『その名前を、君は一度忘れてる』
そこで通話が切れた。
二人はしばらく動けなかった。
彼女が静かに聞く。
「……知り合いだったのかな」
彼は答えられなかった。
ただ、最後の言葉だけが頭から離れない。
――一度、忘れている。
その瞬間、
彼のポケットの中にあるキーホルダーが目に入った。
「……待って」
彼が取り出す。
裏側に刻まれた文字。
『ずっと』
その文字を見た瞬間。
今まで一度も浮かばなかった記憶が、
ほんの一瞬だけ蘇った。
誰かの手。
青いリボン。
そして、自分の声。
「……忘れないから」
彼は目を見開いた。
その言葉を聞いた彼女も、
何かを思い出したように顔を上げた。
「今……私も」
「何を?」
彼女は答えなかった。
ただ、自分のバッグにつけていた
青いリボンを、強く握りしめた。
コメント
1件
うわ……第64話、めっちゃ重くて引き込まれた……😢💭 電話の声の主が「君が思い出したらきっと私のことも分かる」って言うところ、すごく胸にきた。あのキーホルダーの「ずっと」と青いリボンが繋がった瞬間、ゾクッとした……。クラリスさんの「闇」の描き方、本当に繊細で好きです。続きが気になるよ……次も読ませてください🤍🥀