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夏休みに入った6人は、両親と一緒に旅行へ行くことになった。行き先は、海と温泉、両方を満喫できる海辺の温泉地。
「やったー! 海だ海!」
こさめは車の中で窓から顔を出して、はしゃぎっぱなし。
「焼けんぞ、こさめ」
らんが苦笑しながら帽子をかぶせてやる。
「温泉って夜に入れるんだろ? 貸切とかもあるんじゃね?」
ひまなつは眠そうに欠伸をしながらも、どこか楽しげ。
「昼は泳ぎ、夜は温泉か……最高だな」
いるまは口元を緩ませる。
「楽しみだね」
すちは穏やかに言いながら、隣で少し緊張気味にしているみことの手を取った。
「……うん」
みことは小さな声で頷き、窓の外に広がる青い海をじっと見つめていた。
「ほら、見えてきたぞ!」
父の声に全員が一斉に窓の外を覗き込む。
きらきら光る波、白い砂浜、そしてその先には木造の温泉宿。夏らしい青空が広がり、心を弾ませるには十分な景色だった。
「最高じゃん!」
こさめが立ち上がりそうになるのをらんが押さえ込み、車内は笑い声でいっぱいになった。
宿に荷物を置いた6人は、待ちきれない様子で水着に着替え、砂浜へ駆け出していった。
「こさめ、先に潜るー!」
「こら、待て!」
こさめが勢いよく走り、らんが慌てて追いかける。
ひまなつはタオルを首に掛けたままのんびり歩き、いるまに「早くしろ!」と腕を引っ張られていた。
すちも穏やかに笑いながらその後をついていく。
一方で、みことだけは波打ち際には行かず、ラッシュガードを着たまま父のそばに腰を下ろした。
父と母は大きなパラソルの下に座り、冷たい飲み物を片手に荷物番をしている。
「行かなくていいのか?」
「……うん。ちょっと、ここから見てたい」
みことは視線を海に向けたまま、小さな声で答えた。
波の音と子どもたちの笑い声が響く。
こさめの甲高い声に、らんの怒ったふりの声。ひまなつのゆるい返事に、いるまの不敵な笑い。すちのやさしい声。
それらがひとつに混じって、夏らしい明るさを作り出していた。
父と母はそんな光景を穏やかに眺め、目尻を下げる。
「仲良くやってるなあ……」
「……おかえりって言ってくれたの、嬉しかったな」
母は微笑み、父はちらりと隣のみことを見てつぶやく。
みことは両親の横顔をそっと見上げ、じっと見ていた。
横に座る父の横顔を見つめ、少し迷ったあと――小さな声でぽつりと呟いた。
「……お父さん、いつも……ありがとう」
父は驚いたように目を瞬かせ、みことに視線を落とした。
その瞬間、みことの細い指が恐る恐る、父の手に触れる。
今まで、父にすら触れることを避けてきた彼が、そっと――けれど確かに、父の指を握った。
父の胸に熱いものがこみ上げる。
「……っ」
声にならない感情が喉に詰まり、ただ強く握り返した。
「……みこと」
母もそれに気づき、目頭を押さえながら微笑む。
みことの手を握り返しながら、父は柔らかく笑う。
「……こちらこそ、ありがとう」
その言葉にみことは目を細め、小さく頷く。
言葉だけでなく、父の手の温かさも感じながら、今まで感じたことのない安心感に胸がじんわりと満たされる。
父もまた、ずっと我慢してきた感情を少しずつ解きほぐすように、ぎゅっと手を握り返した。
潮風に混じる海の香りの中、二人は言葉以上のやさしさで結ばれていた。
砂浜で遊ぶ兄弟たちの声が遠くから聞こえる中、すちがそっとみことのそばへやってきた。
「みこと、一緒に遊ぼう」
みことはゆっくりと視線を上げ、頷く。
その小さな動作に、すちは柔らかく微笑んだ。
「……行ってきます」
みことは父親の方へ顔を向け、か細く囁く。
「楽しんでおいで」
父はにこりと笑い、手を軽く振る。
みことは安心したように小さく頷き、そっと手を差し出すすちの手を握った。
二人はゆっくりと砂浜を歩きながら、他の兄弟たちの元へ向かう。
指先で交わす温もりが、みことの心を少しずつ軽くしていく。
周囲の光と波の音が、二人の距離を自然と縮め、これから始まる夏の楽しいひとときをやさしく包んでいた。
砂浜ではしゃぐこさめに続き、みことは少し緊張しながらラッシュガードを着たまま海に足を踏み入れた。
冷たい水に思わず「……冷たい……」と小さく呟く。
その瞬間、元気いっぱいのこさめが後ろから勢いよく走ってきて、みことに激突。
二人はバランスを崩し、波に押されて一緒に海の中に沈んだ。
「みこちゃん…!」
慌ててすちが駆け寄り、らんも続く。
二人の手がみこととこさめをしっかり抱き上げ、波の中から安全な浅瀬へ引き上げた。
みことの頬には涙がにじんでいた。
冷たさと驚き、少しの恐怖が混ざった涙。
「大丈夫だよ、もう安心……」
すちは優しく背中をさすりながら、そっと手を握る。
「……ごめんなさい……」
みことは小さくつぶやき、すちに顔をうずめた。
「ごめん、みこちゃん!」
こさめはすぐに頭を下げ、みことの頭を軽く撫でた。
みことは少しずつ落ち着きを取り戻し、すちの傍でほっと息をつく。
水の冷たさと恐怖が、和らいでいく瞬間だった。
浅瀬で落ち着きを取り戻したみことは、すちに手を握られたまま少しずつ海に慣れていった。
「冷たくない?」
すちが優しく聞くと、みことは小さく首を振る。水の感覚より、すちの手の温もりのほうが安心できるのだ。
こさめは笑顔で「みこちゃん、波、くるよー!」と手を振る。
みことは一瞬ためらったが、すちの手にぎゅっとしがみつきながら波の中へ足を踏み入れる。
「いくよ、そーっとね」
すちが声をかけると、みことも小さく頷く。
波に揺れる感覚も、すちやいるま、こさめ、らん、ひまなつがそばにいることで、みことは怖さよりも楽しさを感じるようになる。
「わっ!」「おぉ!」
兄弟たちの声に混じって、みことも初めて小さな笑顔を見せた。
こさめが波を軽くかけてみことをからかうと、みことは一瞬びくっとしたが、すちの手に支えられ、すぐににっこり笑った。
「おい、ちゃんと立てるか?」
いるまも声をかけるが、その目は優しく、みことが波に慣れるまでそっと見守っている。
しばらくすると、みことはすちと手をつないだまま、波に少しずつ体を任せて遊ぶようになった。
すちの微笑み、いるまの守る視線、こさめの元気、らんとひまなつの楽しそうな声。
みことにとって、初めて「怖くない」海の時間になった。
水しぶきの中で、みことの心も少しずつ解けていき、兄弟たちと一緒に過ごす夏の楽しい思い出が、静かに始まったのだった。
その後、波打ち際で遊んでいると、ふとみことの視線が遠くに向いた。
そこでは、ひまなつに水をかけられて「やめろ!」と声を荒げながらも、結局は遊ばれているいるまの姿があった。
さらに、らんの背にしがみついて甘えるこさめも、楽しそうに笑っている。
その光景を見て、みことの胸にざわざわとした不安が広がり、 表情が少し曇ってしまう。
その変化を、敏感に察知したのはいるまとこさめだった。
「おい、みこと!」
「みこちゃん!」
2人はほとんど同時に駆け寄り、みことの両手をぎゅっと握った。
驚いたみことは一瞬立ち止まったが、すぐにその温もりに安心したようにまばたきを繰り返し、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「…だいじょうぶ?」
こさめが心配そうに覗き込む。
「何ビビってんだよ」
いるまは呟きながらも、その手を離さない。
みことは小さな声で「…ありがとう」と言い、両手を握り返した。
その瞬間、海風に揺れる彼の表情は、ほんのわずかにやわらいで見えた。
みことがいるまとこさめの手を握り返して安心した様子を見て、ひまなつがにやりと笑う。
「みこと、いるまとこさめが取られそうで嫉妬したんだろー?」
みことは小さく頷き、恥ずかしそうに、けれど真剣な声で呟く。
「…俺の兄ちゃんと弟…」
ひまなつはその言葉ににまにまして、すちに抱きつきながら「じゃあすちは俺の~」とからかう。
「えっ…急に何!?」
「だってすちは俺の兄ちゃんじゃん?」
そのや り取りに、みことの顔は少ししょんぼりとして落ち込んでしまった。
その様子を見て、らんがひまなつの肩を軽く叩き、たしなめるように言う。
「なつ、やめなさい」
ひまなつは軽く手を上げて笑いながらも、「はいはい」と返し、みことのしょんぼり顔に気づいて少しだけ落ち着く。
みことはまだ小さく拗ねた表情をしているが、手を握ってくれるすちや、隣で安心させてくれるいるまとこさめの存在に、少しずつ心をほぐしていった。