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八雲瑠月
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「あれぇ? 吉永さんは?」「休みだよ。具合悪いんだってー」
出来るだけ静かに教室後部のドアを開け閉めすると、目の前には男子女子数人の集まり。
朝っぱらからの照り付ける太陽に、うるせー蝉の合唱。
それらを潜り抜けようやく冷房の効いた避暑地に辿り着いたかと思えば、聞きたくもない会話からあいつは今日休みだと一方的に伝えられる。
あいつ、バカだな。
そう思いながら後方の自席にそっと座り周囲を見渡してスマホを起動させると、俺の鼓膜を揺らす不快な音がどんどんと響いてくる。
「お前、吉永さんが気になるんだろぉー?」
「そんなんじゃないしぃ! ほ、ほら、友達としてだよぉ」
「えー! やだ、そうなのぉ? じゃあ夏休み、みんなで遊びに行かない?」
「いいねー! よし、私たちが取り持ってあげるよ! 海とか行っちゃう?」
「あー、ダメダメ。こいつ泳げねーし。アピールすんならキャンプで……」
「だから違うってぇー!」
震える声に、それを見て笑う男女の集まり。昔書いた小説の一ページが、今目の前で繰り広げられている。
スマホより目を離して声がする方に向けると、そこには不自然なぐらいに貧乏ゆすりをして集団より一歩離れた男子が居た。
スラリとした長身に、カッターシャツと黒いズボンの制服を緩く着こなしている。短髪はふわふわと柔らかく適度にワックスで手入れしたヘア。キリッとした眉に柔らかな目元、整った鼻筋。軽口を叩く友人、応援する彼女の友人。
それは小説に出てくる主人公のような風貌とシチュエーションであり、美しいヒロインの隣に立つに相応しい男子だった。
その現実に気付いた俺はスマホの横ボタンを押すと、液晶画面は真っ暗になる。そこに映っているのは流行りに無頓着な髪型に、目が合った者を遠ざける鋭い目付き、下がった口元は不機嫌さを表した顔だった。
その瞬間、胸にブワッとしたものが沸き立つ。その熱い何かは容赦なく俺の心を傷付けていき、ヒリヒリとした感覚を与えてくる。
これ以上火傷のような痛みを知りたくない俺は、スマホを学生カバンに放り投げ机に突っ伏す。
この感情はなんなのか? 何に対してこうなるのか? 誰に対してこうなるのか?
それが分からない俺は、ただ目を閉じる。早く学校終わらねーかと、願いながら。
二週間後、平日の昼。俺は悠々自適に体を伸ばして、ベッドに横になっている。やっと夏休みに入り全ての煩わしさから解放された俺の心は、窓より見える青々とした空のように曇りもない。
……はずなのに何でだろうか? 俺の心はあの日から常に痛みを発しており、時折激しい熱さに襲われる。
あの日以降体調不良で欠席を続けたあいつのこととか、夏休み集まる話とか、お節介な連中が二人を取り持つとか……。
それが過った途端俺はスマホを手に取りあいつとのメッセージをやり取りしているアプリを開くが、スッと手を止める。
何やってるんだ? 俺が連絡したところで、別にあいつの体調が良くなるわけじゃないだろ? 執筆はどうかとか、こっちから声かけるのは違うだろ? 誰とどうなろうと、関係ないだろう?
俺は、ただの脇役なんだから。
身を弁えた俺はスマホを下に向け横ボタンを押し、目を閉じる。
『藤城くんは、どうして小説を書くようになったの?』
不意にその言葉が脳裏を過り、目がパチリと開く。気付けば立ち上がり、本棚の上部にしまってある一つの蓋付きの箱を手に取っていた。
ブワッと舞う埃を払いそっと蓋を開けると、そこには幼児用の絵本が多数に、薄いアルバムが一冊入っていた。
しかし俺は、どれにも手を付けることなく蓋を閉め上部に戻す。