ダグラスさんから依頼を受けたあと、私たちは錬金術師ギルドの食堂に向かった。
時間は11時を回った頃で、さすがに人もほとんどいない。
席に着いてメニューを眺めていると、例の店員のおばちゃんがやってきた。
「あらー、いらっしゃい! 今日はテレーゼちゃんと一緒じゃないのね?」
「こんにちは。今日は私の仲間と一緒に来ました」
「そうなの、そうなの。こちらは彼氏さん?
あらー、やっぱり胸! 大きくしておいた方が良いでしょ?」
「ち、違いますよ!?」
やっぱりおばちゃんは、彼氏と胸の話が大好きなようだ。
っていうかルークと二人で来てるならともかく、エミリアさんだっているでしょうに。
「今日のオススメはププピップのから揚げね。甘酸っぱいタレが掛かってて美味しいわよ♪」
おばちゃんはそう言うと、水を3人分置いて厨房の方に戻っていった。
「……アイナさん、『胸』って何の話ですか?」
「えぇっと……、私も良く分からないんですけど。
あのおばちゃんは『たくさん食べて胸を大きくして彼氏を喜ばせよう』という信念の持ち主のようなんです」
「ああ、なるほど……。
たまにいますよね、お見合いをまとめたがる感じの女性に……」
……あ、確かにそんな感じかも。
しかもそういう人って、微妙にセクハラっぽい話を混ぜてくるんだよね。
「まぁそんな感じなので、あまり気にしないでください。
あのおばちゃんも、もう少し大人しければここも来やすいんだけど……。あ、ルークも気にしないでね」
「大丈夫です、私は胸の大きさなんて気にしませんので」
「いやいや、そっちじゃなくて!」
「はっ!?」
……ルークは『しまった』という表情を浮かべていたから、今回は深追いせずに話を止めておこう。
深追いしても、誰かが得することは無いのだから……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はーい、お待たせしました!
ププピップのから揚げ定食2つに、ププピップステーキセット特盛ね」
「あ、特盛はこっちですー」
「あらお嬢ちゃん、結構食べるのね。こっちのお兄さんかと思っていたわ。
普通の特盛よりも量を1.5倍にしたんだけど、大丈夫?」
「凄いですね! でも、大丈夫です!」
それくらい、エミリアさんにとっては大丈夫……。いや、むしろ余裕か。
「見た目よりも食べるのね! お代わりも気楽に言ってね!」
「はぁい、ありがとうございます♪」
おばちゃんの太っ腹加減に、とても上機嫌なエミリアさん。
ステーキセットを目の前にして、手をわきわきさせている。
「……ところでエミリアさん、ここは王都ですが……。
食べる量は抑えないで良いんですか?」
「ッ!!」
本来の食べっぷりが、大聖堂にまで漏れてしまったら……また、大司祭様あたりから怒られそうだ。
「うーん……。
錬金術師ギルド内だから……セーフ?」
エミリアさんはそんなことを口にしながら、首を傾げて自問する。
あんまりセーフではない気はするけど……。
「人も少ないし、今回は大丈夫ですかね……?
いざとなれば、ルークのお皿と交換しちゃえば良いか」
「先に気付けるかどうかが勝負の鍵ですね! 了解しました!」
「では、ひとまずは頂きましょう。いただきまーす」
「はーい♪ 神よ、本日の糧に感謝の祈りを――」
「いただきます」
食事の挨拶をしたあと、それぞれ肉を口に運ぶ。
……うん、やっぱりこれも美味しいなぁ。
「ん~♪ 美味しいですね、これ!
ずっと王都にいましたけど、これほどのものを見つけられていなかったとは!」
エミリアさんは満足そうに微笑む。
「まさか錬金術師ギルドの食堂にこんなお肉が、とは思いますよね」
「確かに、本当に美味しいですね。
このから揚げのパリパリとして、そして甘酸っぱいタレが絶妙に絡んで、しっとりとした食感がまた――」
……お、ルーク君。食レポですか。なかなかやるじゃないか。
ちなみに人によるとは思うんだけど、美味しいものを食べると、ほっぺが痛くなるときがあるよね。
あれは確か、急に唾液を出そうとして痛くなるんだっけ?
美味しくて幸せなんだか、痛くて辛いんだか、一瞬混乱しちゃうよね。
……というわけで、今ちょっとほっぺ痛い。
「それにしてもメニューは結構ありますし、たまにはここで食べるのも良いですね」
「はい、ちょくちょく来ましょう!
……もしかして、こんな感じで他のギルドにも穴場の食堂があったりするんでしょうか……!」
「どうでしょうね?
ことププピップについては、錬金術の一環で品種改良をしているみたいですし」
「錬金術って、本当に凄いですよねぇ……。
……あ、そういえばあそこにアンケートの紙が置いてありますよ。その関連でしょうか」
エミリアさんが見つめる先には、『アンケートのお願い』という張り紙が貼ってあった。
ふむ、興味深いな……。
「ちょっと取ってきますね!」
「アイナ様、それなら私が――」
「いいからいいから。ルークも食べてて!」
張り紙の場所まで行くと、その横のテーブルに紙の束が置いてあった。
紙には手書きでいくつかの質問が書いてあるのだが……そういえばこの世界、印刷技術はあまり進んでいないんだっけ。
改めて質問を見てみると、食べた感想や今後の要望など……ごく普通の質問が書かれていた。
これくらいならしっかり答えて、錬金術の発展のために力を貸せるかな? それじゃ、これを3枚ほど頂いて……っと。
「3枚持ってきましたよー。食べ終わったら皆で書きましょう」
「はぁい」
「私もですか?」
「もちろん! 男子代表としてよろしく!」
「分かりました。
……とは言っても、特に書くことは無いですけど……。単純に美味しかったですし……」
「いやいや、作り手としてはそういうところを言って欲しいところもあるんだよ!」
「むむ。アイナ様が仰られると、深いものがありますね」
「あ、私が作ったものは別に褒めないで良いからね!?」
何だか催促するみたいな形になっちゃうからね。
……いや、褒めてくれるなら嬉しいけど、それでもたまに、で良いかな……。
「――まずはしっかり、味わって食べましょう。書くのはその後で!」
「はい、温かいうちに頂きましょう♪」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……エミリアさん、ずいぶんと書きましたね……」
自分の分を書き終わったあと、エミリアさんのアンケート用紙を覘いてみれば……そこにはびっしりと文字が埋まっていた。
「えへへ♪ ついつい熱が入ってしまいまして……」
「あれ? 名前の欄が空欄になってますよ?」
「あ、そこはわざと書いていないんです。
万が一、わたしのことを特定されても困るので……」
「なるほど……。
でも何かあるかもしれませんし、偽名でも書いてみては?」
「そうですね、それも面白そう。ではテキトーに、『アンジェリカ』……っと」
「何でまた」
「え? いや、何となく?」
完全に適当であるなら、空欄にしてるのと同じだ。
エミリアとアンジェリカ。うーん、何となく近いような、まったく関係無いような……?
「でもお忍びのときとか、こういう偽名が使えるかもしれませんね」
「それは良いですね! ではアイナさんは……『フレデリカ』さんで!」
「何でまた」
「適当です♪」
「それじゃ、ルークは?」
「『デイミアン』さん」
「似合わないですね」
「確かにあんまり、そういう感じはしませんね……」
「……まぁいつか使うかもしませんし、もし呼ばれたらすぐ反応できるようにしておきましょう。
デイミアンも大丈夫?」
「………………」
「………………」
「ルークのことだよ!」
「はっ!? そ、そうでした! すいません、フレデリカさん!」
「………………」
「………………」
「……アイナさんのことですよ?」
「うあっ! 確かにこれは反応しづらい!」
……正直、とっさに反応するのはかなり難しそうだ。
1日1回くらい、こっそり復唱して練習するようにしておこう。
でも、実際に使う機会なんてあるのかなぁ……。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!