それは“始まりの合図”のようだった。
高台から見下ろす先、
その地平の果てまで、黒い波が広がっていた。
槍の列、旗の林、馬の蹄――
数万の兵が、空を覆って迫っていた。
鉄の甲冑が太陽を弾き、
足音が山を揺らす。
その一歩一歩が、大地を侵し、
この国の“最後”を刻んでいた。
その光景を、
彼は黙って見つめていた。
術式の詩は、すでに空に満ちている。
だが、足りない。
護るには――まだ、足りない。
彼は、再び印を結ぶ。
その指はすでに震えていた。
けれど、その動きには一片の迷いもない。
詩文が、より深く、より強く刻まれる。
赤い文字列が円環となって空を駆け、
味方の陣を包み込むように広がっていった。
ー
いのちさえ
つきるさだめと
しりながら
われがひとみに
やみはとどかぬ
ー
ひとつの言葉が、詩に刻まれる。
その瞬間、兵の盾が輝く。
剣が震え、兜が熱を帯びる。
それぞれの身体に、彼の術の一片が宿っていく・・・。
民のために詠まれた詩は、
兵の命に変換されていく。
一歩も退かぬ者たちに、術が応える。
立ち尽くす者に、詩が寄り添う。
すべての者に、
彼は“力”を分け与えた。
それは、和歌と術式による守りだった。
けれど――
代償もまた、増していく。
彼の肩が、僅かに揺れる。
術を拡張するたび、
彼の身体は、ひとつずつ削られていった。
それでも、
彼は、詠い続けた。
三日間、彼は眠らなかった。
ひと匙の水を頼りに。
背を壁にも預けず。
ただ、立ち尽くし
目を閉じ、詠い続けた。
そして――
その詠みは、日を追うごとに、強まっていった。
防衛は固くなる。
術は複雑さを増し、
赤い文字は金を帯び、
今や戦場のすべてが彼の詩によって動いていた。
誰もが、彼の背に、言葉では表せぬ重みを見た。
向こうにいる数万の敵兵は、
まだ進み続けている。
どこかで見た、夢物語のように、
そう簡単に戦は終わらなかった。
だが、彼の詠みが続く限り、
この国は折れなかった。
彼が倒れぬ限り――
希望だけは、消えなかったのだ。
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コメント
3件
壮大なファンタジーの予感… いいですよね!古の物語! 彼の圧倒的な力が国という大きな物を守ることに使われている… 彼はなぜその身を以て国を守っているのか…使命なのか、運命なのか、彼の何かに関係しているのか… ワクワクが止まらな〜い!
ほんとに 、すばらしいです! 、 この国の武器 、 というのが大森さんで彼が倒れない限り 、 戦は終わらない。 どうしたらいいのかも分からない、 難しい描写も綺麗に書いていて好きです! 毎回更新楽しみにしています!
まさに、彼の存在が国にとっての「希望」そのものなんですね…… 彼がどれだけの力をもってしているのかの丁寧な描写力が本当に凄い……体を削ってでも守ろうとする姿が国の頂点に立つに相応しい姿すぎて……本当にこの作品の更新を毎日待ち望んで生きています…!!生き甲斐…