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【七話】
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「…スター?…ミスター…?」そんな高い声に揺り起こされて目を開けた。薄いカーテンから差し込む光が眩しくて思わず手で顔を隠した。
「どうした…え…と…フィオナ…?」「あの…すいません…朝ごはん…作らせて貰えませんか?」
時計を見るといつもならとっくに起きてる時間で…何故そんなに寝坊をしたのか自分でも分からなかった。
「そう…だね。作ってもらおうか…」そう言いながら彼女の拘束を取ると銃をその背に押し当てながらキッチンへ向かった。
夕べと同じ様にせっせと用意をする彼女の…その魔法の様な作業を見ながら今日の予定について考えていた。
朝ごはんを食べて…地下で頭の処理…で…ホルマリン…までしてから出かけるとして…
「今日のお昼ご飯も作っておいたらどうだ?」「…え?」「俺は昼から出かけるから…君は部屋に籠もり切りになるだろう?…またお腹が減ったとか何とか…それで恨まれては厄介だからね。」
そう言って笑うと彼女は柔らかく微笑み…
「感謝します…」と俺に向かって祈りの姿勢をとった。
…感謝…?感謝……。感謝って一体なんだろう…
聞いてみたいが俺には恥ずかしい前科(ブロッコリー事件)がある。
…黙って…一人で研究室で調べた方が良さそうだな…
そんな事を思いながら彼女を見ていると「ありがとう…という事よ。貴方が私の事を少しでも想像して、想ってくれた事が嬉しいのよ。ありがとう。」
そう改めて言い、微笑む彼女に俺の顔の温度が上がった。…これは…一体どういう現象なんだろうか…
原因不明の発熱に心臓が重く鳴り、思わず顔を手で触った。
「あはは!貴方でも赤くなる事あるのね?何だか嬉しい!」そう言ってはしゃぐ彼女に「何故俺は赤くなる?」と思わず聞いた。
「ありがとうって言われた事無いの?きっと貴方は恥ずかしくて…照れてるのよ。背中がくすぐったくない?」
そう問われて真っ直ぐ背を伸ばした。
「…そういえば…くすぐったい。耳の後ろもモゾモゾする…」そう答えると不意に俺の両手を握り締め…「もう馬鹿になんてしないから…分からない事は聞いてみて。もっとも…難しい事は分からないけど…」
そう柔らかい表情で告げる彼女に「何とか命を繋ごうと思っての事か…意外に策士だな…」と呟くと
「そうじゃないわ…でも…食事を貰ってる代わりに何か出来る事しようって…そう思ったの。いずれ殺す相手なんだから恥ずかしい事知られても平気でしょう?」と彼女は笑った。
キッチンに大きく開けられた窓から差し込む光…それが彼女の背中を照らし…彼女は本当に綺麗に見えた。
綺麗で…眩しくて…目が痛い程眩しくて…俺などが触れてはいけない様な…触れたらそこから俺は消えていってしまいそうな…
そんな気がして思わず身震いをした…が…その光景が焼きついて…
頭から離れてはくれなかった。
彼女を部屋に入れ、外から施錠し地下の解剖室に移動してもまだ彼女は瞼の裏側に居た。
軽く頭を振って鞄から昨日の…持ち帰った頭部を取り出し淡々とその頭部を穿孔し、中身を観察してノートに鉛筆で記述をしながら次々とその資料…‘提供してもらった頭’を探っていく。
神経学の道を歩む自分は学校で使わせてもらえる解剖用資料では足りずこうして…死を望む人の命を貰っては研究材料にしていた。
フィオナを始末した後もそうやって彼女の体を使わせて貰うつもりだった。
…そう…つもりだった…んだが…
思考に潜り、作業を止めていた事に気が付き俺は慌てて‘頭’の乗った台に近づいた。瞬間背後に何かの気配を感じ、俺は即座に振り返った。
「…父さん……何故…」
ありえない。父は確かに目の前で死んだ。…そうかこれは幻覚…俺の今日見た夢に触発された記憶が俺にその…かつて起こった事を‘消化しろ’と突きつける為に作った幻覚だ…恐れる事は…ない…。
そう思ってその幻覚を消そうと目を擦るが…一向に消えないその映像に腹が立ち、手元にあるメスを投げた。
幻覚にそんなもの効く筈が無い。分かってはいるけど何もせずには居られなかった。それでも消えない幻覚をじっと見つめていると半透明の彼の口はゆっくりと動き始めた。
―――コロセ…コロセ…モクゲキシャヲ コロセ…
そう脳に直接響く声に思わず頭を押さえ何とか消せないかと身を揺らし、首を振った。それでも繰り返される言葉に
「殺しません!彼女は殺しません!殺したくない!殺したくない!」
思わずそう繰り返し叫んだ。
気が付いたら俺は先程の解剖していた部屋の床で寝転がっていた。
…夢だったのだろうか…そう疑うものの、父に投げた筈のメスはしっかりと投げた方向の壁に刺さったままだった。
とりあえず埃で汚れた服を叩きながら咳き込み、さっき自分が繰り返した言葉を反芻した。
殺したくない?殺さない?ではどうするつもりなんだ…俺は…警察などに捕まるつもりか…?
…今まで殺した人数から言うと終身刑は免れない。只、生きて行きたいか…?と言うとそれほど熱意も無い。
では…彼女を解放するか…?と言うと……そんな気にも…なれない…。
俺は一体どうしたいのだろうか…
そんな事を考えながらマスクを着用し、頭部と…そして鞄の中のもう一つの袋の中…子宮を取り出し丁寧に洗浄するとガラスの瓶にそっと入れ、ホルマリンを注ぎ頑丈に蓋をした。
瓶の中でまるで羽を広げた妖精さながらに組織片をゆっくりひろげ…放たれた開放感を味わう様にスローモーションで揺ら揺らと揺らぐその様を見つめマスク越しにその瓶にキスをした。
‘生’を心の何処かで煙たがり、忌む自分が存在するにも関わらず俺はその‘生’を生み出すこの器官がどうにも厭い切れなかった。
まるで十字架に跪く敬虔なクリスチャンの様に俺は事在る毎にこの瓶の群れに跪き、頭を下げた。
そんな礼節を行った所で俺が…この‘悪魔の子’の何かが赦されるとは思わない、そんな事は望んでいない。
ただ俺はそうする事で自分の中で荒ぶり、外に出ようとする何かがゆっくりと沈下していくを僅かながら感じていた。
【続く】