披露宴会場に大きな丸いテーブルが並べられていく。
その上に真っ白いクロスをかける。ピンと張って、皺が無くなるように手で伸ばしていく。
お皿を並べて、その上に打ち合わせの時に決めた通りの淡いゴールドのナフキンを置いて、カトラリーもお皿の両脇にセッティングした。
会場の準備はある程度整って、あとは明日の朝搬入されてくるお花をあたり一面に飾っていけば、完璧だ。
設営を一緒に手伝ってくれたアルバイトの学生さん達にお礼を言ってから、僕はチャペルとラウンジルームを見回っていった。
お客様の目に触れる場所に業務用のものが散在していないか、建物の中に点々と置いてあるオブジェに埃は溜まっていないか、これ以上はもう確認できる場所はないというくらいに目を凝らし続けた。
「うん、これでばっちり」
一言呟いて、僕は従業員用通路から二階へ続く階段を駆け上がった。
明日、待ちに待った幸せな一日を迎えるお二人が、お支度をするお部屋に入る。
壁には、出来上がったばかりのお衣裳が二つ掛けてある。
つい一週間前に、オーナーとしょっぴーにまたここに来てもらって、最後のサイズチェックをしたところだった。
フルオーダーだったそのお衣裳に袖を通した二人は、とても綺麗だった。
特に苦しいところも、裾や丈が足りていないところも無さそうだったので、僕とデザイン画を描いてくれた先輩とで、ほっと一安心したのが記憶に新しい。
明日までは使わない、そのがらんとした部屋のドレッサーに、僕は一通の手紙を置いてその場を後にした。
事務所に戻ると、中には康二くんしかいなかった。
康二くんは、昨日のお式で撮影した写真の編集作業をしていた手を止めて 、僕に話しかけてくれた。
「ついに明日やな」
「はい!あっという間にここまで来ました!」
「どや?納得いくまで準備はできたか?」
「はい、おかげさまで、明日は楽しむだけって思えそうです!」
「ん、ええね。ほんなら今日はもう帰ろか。これ以上起きとったら、明日寝坊してまうで?」
「え…っぅわ?!もうこんな時間だったんですか!?」
「せやで?気ぃ付かんかったん?」
「はい…明日のことで頭がいっぱいで、時計見てなかったです…」
康二くんの言葉に促されるまま時計を確認すると、時刻は22時を少し回ったところだった。他に働いている人がいないことに、僕はそこでやっと合点がいった。
こんなに遅い時間なら、みんなすでに帰っていて当然だ。
でも、僕は「あれ?」と思った。
その違和感の正体はなんなのか、少し考えてみる。
普段から残業ばかりしている康二くんだけれど、流石にこの時間まで残っていることはほぼないのだ。今日は編集作業に追われているのかな?とも思ったが、康二くんには特段焦った様子も見受けられない。
僕は、ふと頭に浮かんだことを、そのまま康二くんに尋ねてみた。
「向井さん、もしかして…待っててくれましたか…?」
康二くんは僕をチラッと見てから、またパソコンの画面に視線を戻して、小さな声で「…おん………。」と言った。
「ぅわあああああっ!すみません!お待たせしました!」
「ええよ、今日くらいは待っとこ思うとっただけやから」
「?」
「明日、気張りやって、楽しんできって、言いたかってん」
「向井さん…まじでかっこいい……」
「半分は先輩として、もう半分は私情や。そんな大層なことやあらへん。もう帰んで?」
「はいっ!」
真っ暗な帰り道を、康二くんと並んで歩く。
会社を一歩出れば、僕たちは途端に恋人同士に戻る。
僕と康二くんの中での暗黙のルールだ。
先輩と恋人の境界線は、職場の出入り口。
振り子のように、小さい振り幅で揺れる康二くんの手を取る。
康二くんは何も言わずに、僕の手を受け入れてくれる。
「僕、緊張して寝られないかも…」
「電話掛けて羊が一匹〜、二匹〜って言い続けたろか?」
「それはそれで嬉しくなっちゃって寝られないかも」
「なんでやねん」
「康二くんの声がずっと聞けるってことでしょ?僕、嬉しくてずっと起きてたくなっちゃう」
「あほっ…」
他愛のない会話がじんわりと心を温める。
何気ないことが、実は一番幸せなことだったりするものだ。
もうすぐそこまで見えてきているいつもの分かれ道に心細さが募って、僕の足は意思に反してピタッと止まってしまった。
歩き続けていた康二くんは、後ろに引っ張る形になってしまった 僕の力に、ぐんっと体をつんのめらせてしまっていたので、僕は咄嗟に謝った。
「あ、ごめんね…」
「ええけど、どしたん?」
「うーん…なんだろう…よく分かんないんだけど、なんか落ち着かなくて」
「大丈夫やって」
「ん?」
「あんだけ準備してきたんやから、絶対平気や。ラウなら、全部やり切れる」
「そうかな?」
「おん、ずっと見てきた俺が保証したる。それに、明日は楽しむだけってくらいの準備、今日できたんやろ?」
「うん」
「なら、なんも心配することないやろ?」
「うん…!」
「もし、万が一、明日なんかトラブルが起きても、うちのスタッフん中であの二人のこと一番知っとるんはラウや。しっかりせんと。」
「ぅ…そうだよね…。」
「色々言うたけど、ラウがあの二人を「絶対幸せにしたる」思うてたら、そんだけで100点満点や」
「…うん、うん。そうだね!絶対幸せな日にする!」
「せや!その意気やで!ほんなら、また明日な。一緒にええ式にしたろうな」
「うん!おやすみなさい!」
康二くんと手を振り合って、僕たちはお互いの家路についた。
歩きながら僕は、自分の胸の中に自信と落ち着いた気持ちが湧き上がっていくのを感じていた。
いつだって、康二くんは僕を勇気づけてくれる。
どんな時も、僕の気持ちを落ち着かせてくれる。
優しい言葉と、康二くんの明るい表情が、いつだって僕を奮い立たせてくれる。
「よし!頑張るぞー!」
僕は近所迷惑にならない程度の声量で、そう声に出しながら、アパートの階段を登った。
僕は、玄関で靴を脱いで部屋に入るなり、パイプベッドの上に座って、オーナーに電話をかけた。
コール音が五回ほど鳴ってから、オーナーの声が聞こえてきた。
「もしもし?どうしたの?」
「あ、オーナー、ごめんね、こんな遅くに」
「ううん、平気だよ。」
「しょっぴーは帰ってきてる?電話してて大丈夫?」
「うん、翔太も誰かと電話してるみたい」
「そっか。ならよかった。ねぇ、オーナー」
「うん?」
「僕、明日絶対に、オーナーとしょっぴーに特別な一日をあげられるように頑張るからね」
「ありがとう。その気持ちだけで、もう十分嬉しいよ」
「えへへ、オーナーはどう?今日寝られそう?」
「どうかな、少し緊張してるかも。結婚式なんて初めてだから」
「大丈夫!僕に任せて!絶対幸せにするから!」
「ふふ、ありがとう」
「それだけ伝えておきたかったんだ。じゃあ、もう遅いから切るね。オーナー早く寝てね!主役が寝坊しちゃったら大変だから」
「あははっ、それはそうだね。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい!」
五分ほどオーナーと通話をして、おやすみの挨拶をしてからスマホの赤いボタンをタップした。
明日は気合いを入れて、形から入りたい。
二次会にも招待してもらったから、軽くヘアセットでもしようかな、なんて考える。
いつもより早く起きて、朝お風呂に入ってから身支度を整えようと決めて、僕は部屋着に着替えてからベッドに入り直した。
ついに明日。
やっと明日。
僕の大切な人たちの特別な日。
今の僕にできること、その全部を出し切ろう。
目を閉じながら、僕はそう強く思い続けた。
帰宅してすぐに、俺はスマホを開いて、とある人物へ電話をかけた。
出てくれ ないかもしれへんな、と期待をかなり薄めた状態で呼び出し音に耳を傾けていると、意外にもその音はすぐに途切れた。
出てくれた場合のことも一応は想像していたが、案の定、予想通りの気だるそうな声がスピーカーから聞こえてきた。
「なに?」
「なにって…。なんや、冷たいなぁ。高校時代からの友達やぞ?」
「そんくらい長い付き合いだからこそだろ。そんで?なんかあった?」
そっけないようで、実はとても優しいその声の主は、しょっぴーである。
電話を切らずにいてくれるのに、声がつっけんどんなところが彼の魅力でもある。
要件を聞いてくれたのをいいことに、俺はそのまま話を進めた。
「ついに明日やな、っていうご機嫌伺いや」
「あー、そういうこと」
「どや?緊張しとるか?」
「まぁな。」
「心配せんでええ、うちのラウがついとる」
「そうだったな。あいつほんとすげぇよ。決まった内容をその日のうちに全部まとめてから文字に起こして送ってくれるし、それとは別で連絡まめにくれるし、衣裳だってあいつが一から考えてくれててさ」
「そうやったんか。毎日二人のこと考えとったで。もっとできることないかー?言うて、ずっとうんうん唸っとった」
「へー、頑張ってくれてたんだな。俺たち、いつもラウに引っ張ってもらってたから、そんな風にずっと考えてくれてたとか知らなかったわ」
「新入社員には見えんかったやろ。二人の前ではプロでいたかったんやろな」
「なに言ってんだよ、半分はお前の受け売りだろ?」
「お?」
「涼太からよく聞いてたぞ。「向井さんが仕事のやり方にアドバイスをくれた」とか「康二くんが難しいと思うことを乗り越えるための考え方を教えてくれた」とか言ってたっつってな」
「…あん子はほんまに…なにを話しとんねん、もー…恥ずいわ……」
「へーへー、甘酸っぱいですねー」
「棒読みやめぇ」
「んまぁ、お前にもようやく春が来たってことで、おめでと」
「………おおきに」
「んじゃ切るぞ。明日はよろしく。お前が撮る写真、楽しみにしてる」
「おう!ほなね!」
「ん」
しょっぴーは、舘が絡むとなると、急に強がらなくなる。
彼の真剣な気持ちは、高校生の時からずっと変わっていない。
たまたま入部した料理研究部で舘に出会って、しょっぴーに出会った。
校内一人気の焼きそばパンと引き換えに、しょっぴーに頼まれるまま、訳もわからず舘のボディーガードをしていた日が懐かしかった。
毎日舘と一緒にいたから、俺はクラスメイト全員に「康二って舘様と付き合ってんの?」と変わるがわる聞かれていた。その出来事は、大人になった今でも、俺だけの秘密にしている。
そんな話したら、しょっぴーがどれだけ怒るか。
想像しただけでも身震いしてしまうから。
二人がやっと付き合い始めたと連絡をもらったとき、俺はそれを自分のことのように喜んだ。
その二人が、ついにここまで来たのだ。
嬉しい、なんて言葉ではとても表しきれない。
明日は、俺の大切な友達の結婚式。
自分が働いている式場で、スタッフとしてその場面に立ち合わせてもらえる日が来るなんて、思ってもいなかった。
「明日は朝から大忙しや」
頬を軽く叩いて、浮き足立つ 気持ちを整える。
明日は結婚式の後、舘から二次会に招待されている。
式場スタッフとして、そこまで過度なことはできないが、明日だけは少し、めかし込んでいこうかと考えながら、俺は眠りについた。
しょっぴーが期待してくれた以上のものを撮ったる。
最高に綺麗な舘を残したる。
二人が、いつ振り返って見ても笑顔になれるような瞬間を閉じ込めたる。
今日も一日よく働いた体が、ベッドのスプリングに沈んでいく感覚がするのに、ふわふわと浮かぶような感じもする。
不思議やなぁ、なんて思っている間に、だんだんと俺の意識も下に沈んでいった。
To Be Continued…………………………
(Next.End)
コメント
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4つのお話全部一緒に完結する感じですかね!すごい😳👏🏻🤍🧡