テラーノベル
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─────先月、僕は入籍した。腐れ縁とでもいうべきか、小学校のころから彼女とはよくケンカになった。その恋人でもない。かといって友人でもない。曖昧な関係。それが恋心だと認識するのに用した時間は5年間。告白は僕のほうからした。
「も、もしよかったら。僕とお付き合いしていただけないでしょうかっ」
緊張から声は震え、頼りのない男だと思われても仕方がないかもしれない。でも彼女は微笑み一言。
「君も結構男らしいとこあるじゃん」
─────晴れて僕たちは恋人となり、そして数年後夫婦となった。世界の誰を敵に回してでも僕は彼女を守るのだと誓った。守れる男になろうと尽力した。だから、だからこれは何かの間違いだ。僕が椅子に縛り付けられ、目の前で最愛の人がスキンヘッドの暴漢に暴行されているなど。
■■■
灰雪が轟轟と燃え盛る航空機の残骸に近づき、溶けて消える。それでも永久凍土の白い絨毯を溶かすには至らず、黒煙と炎、白い雪の織りなす惨状は見ている者になんとも言えないノスタルジックな感慨を想起させる。
墜落現場には四散した航空機の残骸と三つの死体があった。
それと頭から血を流している銀髪紅目の美丈夫。彼は航空機から這いずりながら脱出し、自分のジャケットから通信機を取り出した。
(高度一万メートルまでの減衰なしのレーザー攻撃。この航空機は目視でもレーダーでも捉えることは不可能。最低二人能力者がいるな。大方『光線』と『索敵』だろうな)
通信機のスイッチを入れ、耳に当てる銀次。
「申し訳ありません。Sir。我々の部隊は“全滅”しました。航空機ごと撃破可能な能力者と、索敵に特化した能力者がいるみたいですね」
「ええ、正直びっくりしています。これほどの兵がいるとは。最初に蒸発させられた大尉を除けば、私の能力で守ることも可能ではありましたが以下の理由より行いませんでした」
「一つ。私の能力が味方はともかく敵の索敵持ちにばれるのは死活問題です」
「二つ。この程度で全滅する能力者ならば必要ないでしょう? 私にとっても、国にとっても」
「では敵軍殲滅後、また報告を行いますので、通信を終了します」
その語気は冷静であった。しかし奇怪にも銀次は頭を掻きむしり、上下させ、しまいには通信機を地面にたたきつけて地に伏す。
「偉そうにしておいてこれだもの。全く役に立たない」
首を傾け後ろを振り返る銀次。
「お前もそう思うよな? 死んだふりで貫き通せる相手だと侮っているのか? ラピス少尉?」
少尉の体がビクンと跳ねる。彼女は極力彼の方向に目をやらないようにしていた。航空機が堕ち、主要能力者が全滅した時点で、もう投降して捕虜になるしか生き残るすべはないと考えていた。なのに後方支援が狂乱しながら、しかし発する言葉には一切の動揺が見られない。訳が分からない。彼が生きていることも、言動の乖離も。まったく理解できなかった。何より不思議なのは……。
(なぜ、目の前の男は涙を流しながらこちらを向いているのか)
「最初から、私を殺す気で……?」
声が震えるのを必死に抑えながら、眼前の「後方支援しかできないはずの」軍曹に真意を訊ねる。
「いやぁ、もう全滅と報告してしまってね。これから訂正するのは、なんというか。面倒くさい」
号泣しながら少尉に近づき、彼女の肩を激しくゆする。その行動に紛れて、動脈に液体金属を注入する。
「痛ッ!」
「私の能力は『液化金属』。今あなたに注入したそれがあれば、ロシア軍なんて恐れるに足りない。貴女一人で無双できる。作戦が終わったら、ペンタゴンで祝杯をあげましょう。飛び切り上等なワインがありましてね」
(さっき……言っていた話と違う。全滅との報告を訂正しないって……)
「ただし条件が。私の真の能力のほうは明かさないでくれますか? もしそれを守っていただけるならば、貴女を私の正式な協力者にできる」
少尉に残された選択肢は一つだけ。首を縦に振ることだった。一回縦に振っただけでは心配だったのか、小刻みに何回も頭を前後に揺らす。ここで敵対しても勝ち目がないことは、自分が無敵と称するバリアをもってして明確だった。
「“幸い”墜落現場はロシア領土内。進軍してきた能力者を救援に来る米国航空機を素通りさせることはあの『光線』が許さないでしょう」
「つまりは、ここを脱出するには敵能力者の討伐と私の『武器錬成』が不可欠。さて、取るべき行動はわかりましたね? 前線基地は向こうですよ。ご健闘を、Mam」
言葉を返すことなく、全速力で前線基地へ向けて走っていくラピス少尉。その行動が仲間を撃ち抜かれた仇討ちのためなのか。はたまた舐め腐っていた人間が悪鬼羅刹だったためなのか。当然後者。銀次もそれをわかったうえで、彼女を自由の身にしたのだ。
「さあて、もう一芝居打ちますかね」
□□□ ロシア 前線基地
その基地は簡素なものだった。それも無理はない。第二次大戦の時に北海道侵攻作戦のために建てられた、使われることのなかった旧世代の遺物。ただ天井だけは最新の技術が取り入れられており、スイッチ一つで開閉が自由にできる。無論、星を見るためなどというロマンチックな理由ではなく、エシト隊長の超長距離砲で基地の屋根に大きな虫食い穴を作らないよう配慮を施したためである。
ショートカットの薄紫の髪を手櫛で整えながら、雪迷彩の服を着た女性が、同じ服を着た大男の隣で椅子に座っている。彼女はハンカチで鼻を覆いながら深いため息をつく。そこに響いているのは悲鳴。エシトに暴行されている女性はもはや尊厳さえ奪われ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってしまっている。それは眉目秀麗な元の顔を思い出させることすら困難な廃人と化していた。
「堕ちるのかよ……。あれを防御可能な能力者はいないってことだ。むこうの斥候も大したことねぇなあ」
「エシト隊長。あんまり激しくされると、少々耳に障るのですが」
「いいじゃあねぇか。米国のクソどもが何匹か死んだ祝いの席だぞ」
「祝いの席ではこうはしませんよ……」
焦点の合っていない双眸が副長を見据える。彼女も初見の時は怖気づきもしたが、この基地に配属されてからは来る日も来る日も、酒。女。薬物。大麻を片手に女性を虐めていることなど、寒くなってきたからウォッカを呷るのとなんの差はない平常運転だった。
「ま、どうでもいいや。残りの敗残兵が死ぬのと、この女がイクの。どっちが早ぇか賭けでもしねぇか?」
スキンヘッドに竜のタトゥーが刻まれ、左右の視線がそれぞれ別のほうを向いている巨漢は笑いをこぼす。そして侵攻してきた哀れな米兵を「視認」し、再度嗤った。
♦快楽主義者 エシト=ヴォルガノフ 能力名【レーザーカノン】
気持ちが良ければ全てよし。それが彼のモットーだった。13歳で酒、煙草に手を出し、15の頃には薬物にも手を出していた。薬物で逮捕され、釈放される。傷害で逮捕され、釈放される。強姦で逮捕され、釈放される。累犯の数々のわりに拘留期間が短いのは、彼の父がロシア軍の将官だったからだ。
軍人になったのは父のコネもあるが、何より彼の特技が“暴力”しかなかったからだ。学校の先生は何を言っているかわからないし、ムカつく奴がいたらぶん殴る。そんなことを繰り返していたら、いつの間にか彼の行き着く場所は戦場だけになっていた。
そこで彼は新たな“快感”を発見する。禁止されたものほど人は興味をそそられる。それは人類最大の禁忌。
「殺人」
撃ち殺し、敵が崩れ落ちるところを見て、彼の陰茎は屹立していた。その情動を抑えようと努力することもなく、彼は民間人の女性を暴行。後に絞殺。そんなことを繰り返しているうちに天罰が下ったのか、地雷を踏み彼の右足は吹き飛んだ。
民間人の殺害は父に揉み消してもらい、義足で退役後の生活を悠々と過ごしていたところ一つのスレに遭遇する。軽い気持ちで書き込んだところ『レーザーカノン』などというバカげた力が手に入った。これで彼の暴虐を止める人間は存在しない。殺人を繰り返しているところで、ロシア政府から再び前線に出るよう依頼が来た。エシトは悪行の免罪と週に一人顔の良い女の報酬を条件に再び戦場に舞い戻る。
エシト=ヴォルガノフは客観的に見て、斜視こそあるものの色男に分類される。そんな彼がなぜ好んで女性を痛めつけるのにこだわるのか。彼曰く「そっちのほうが燃える」だそうだ。
■■■
地平線まで雪が覆う不毛の大地。そのかなたに見える前線基地。それを目指して少尉は走る。心臓が破裂しそうなほど鼓動が高鳴る。それでも走り続けないとあの悪魔に殺されてしまうだろうと。ラピス少尉は両の腕をあげ、投降の意思を明確にした状態で前線基地へと駆けていく。慰み者になる程度覚悟の上だった。一刻も早く安全なエリアへと逃げ込み、彼女の防御能力の有用さを示せば殺されはしないだろうと考えた。
□□□
「うわアぁァァああアアアああアアアアッ!!」
百メートル程距離を空け、走る少尉を追いかける銀髪の男性。その顔は絶望に染まっていた。『武器錬成』で創り出した短機関銃二丁を出鱈目に乱射しながら少尉を追いかける。しかし、その心中はまったくもって冷静沈着だった。
(大尉が最初に撃破されたのはおそらく偶然じゃない。続くコックピットへの第二撃も正確。だが光線に対応可能かもしれない『バリア』を持つ少尉を最初に殺害しなかった。要するに)
□□□
『私のバリア能力は完全無敵。高射砲でもミサイルでもなんでも来いってもんですよ』
□□□
(索敵は見えてはいるが、聞こえてはいない。胸章の階級を視認して隊長格を最初に堕とした。僕と少尉が生き残ったことに関しては完全な誤算だろうが、それも視認されている)
「アアアあぁあァァあああ! ウアアぁああっッ!!」
(僕は偶然にも生き残り、米国に連絡を取ったが見捨てられ膝をつく。そして少尉が生きていることを発見し、論争の上決裂。錯乱し、マシンガンを乱射しながら無謀にも『光線』に挑みかかる。そう映っているだろう?)
連続した発砲音が雪降り積もる不毛の大地に響き渡る。
(君は、いや君たちはこの異能戦争でそんな爆竹が何になると、そう考えているだろう? 当然どうにもならない。少尉は投降に走り、ロシア軍に敵愾心を向けているのは僕一人。少尉は非武装、僕は武装。『光線』が次に狙うのは当然……)
明星がひときわ大きく光る。超新星爆発でも起こしたかのような錯覚を起こすほどの膨大な光。
(僕だ)
遥か数キロ先の前線基地から放物線を描いて極光は地面に着弾。銀次を巻き込み直径20メートルを超える底の見えない大穴が開く。先ほどまで鳴っていたうるさい破裂音と叫び声はピタリとやみ。銀次の消滅をもって、静寂が訪れる。
コメント
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ああもう、心臓がバクバクする…!冒頭の入籍エピソードから一転、あの残酷な描写への落差がすごすぎて、一気に引き込まれました。銀次、泣きながら芝居打ってるの、狂気と計算が混ざり合ってて鳥肌立った。『液化金属』なんて能力、どう使うんだろうってワクワクするし、エシトの快楽主義者っぷりも気持ち悪いくらいリアルで…。次、どうなるんだろう、続きが気になって仕方ないです!
#オリジナル
Lily
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渋川
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