テラーノベル
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※このお話は、「修学旅行の直前」の時間軸です。
◇
修学旅行を数日後に控え、校内はどこか浮き立ったような、けれど慌ただしい空気に包まれていた。
生徒会室の残務をこなすため、メンバーたちは慌ただしく校内を駆け回っている。
静まり返った部屋に残されたのは、玲とソノの二人だけだった。
玲はふと、書類に落としていた視線を上げてソノの方を見た。
「そういえば、ソノちゃん。前からちょっと気になってたことがあるんだけど……。」
書類整理を進めていたソノの手が止まり、玲へと視線を向ける。
「何ですか?」
玲は頬杖をつき、何気ない調子で尋ねた。
「玲にも、バッドエンドって存在するの?」
ソノの表情が、ほんの少し曇った。
「……はい。」
ソノはそのまま、静かに言葉を続けた。
「それはそれは恐ろしいバッドエンドが……。」
「えっ、怖っ!!」
玲の顔が一瞬で引きつる。
「ちょっと詳しく――」
「如月ー!」
突如、扉が激しく開く音と共に、豪の大声が響き渡った。
「大変だ! 来てくれ!」
「え?」
豪に急かされるまま生徒会室を飛び出すと、廊下の一角に大きな人だかりができていた。
ざわつく人垣をかき分けて壁を確認した玲は、息をのむ。
壁には一枚の大きな紙が貼り出されていた。
『如月玲・生徒会長解任要求』
その下には、さらに続きがある。
『現在の如月玲は、生徒への公平性に欠け、生徒会を私物化している』
「これは……一体。私……そんなふうに思われてた?」
あまりの衝撃に、玲は立ち尽くしたまま言葉を失う。
その呆然とした背中の後ろで、ソノは瞳を細めた。
「始まった……。」
◇
生徒会室に、玲、ソノ、豪、律、絢、凌、サクラの七人が集まった。
緊張感が漂う室内で、豪が廊下から剥ぎ取ってきたチラシをバンッ! と激しく机に叩きつける。
「これは、一体どういうことなんだよ!?」
絢が冷静に口を開く。
「これは……玲のことを良く思わない一部の生徒からでしょうね。」
日頃から広報活動で校内を回っている絢には、おおよその目星がついているようだった。
「でもこれって一部の生徒、つまり少数派でしょ? 成立なんてするわけないじゃん! 放っておいても大丈夫じゃない?」
律は腕を組んだ。
「いや……案外そうでもない。会長を直接知らない奴らは噂に流されやすいから。火種は早めに消しておいた方がいいんじゃないか?」
凌の慎重な意見に、サクラも伏し目がちに頷いた。
「そうですね……。実は、生徒会長は生徒会メンバーばかり贔屓しているって女子生徒が話してるのを聞いたことがあるんです。私が近づくとその会話をやめてしまって……詳しくは聞けなかったんですけど……。」
「確かに……。実際、何かあればクリスマス会だの、勉強会だの……生徒会室を使ってますしね……。」
ソノに事実を淡々と列挙され、玲はビクッと身体を揺らした。
(確かに、生徒会の私物化……してたかも?)
冷汗を流す玲を横目に、ソノはさらに分析を続ける。
「これは……以前の、みんなに公平で冷徹だと言われていた玲先輩に心酔している親衛隊の仕業でしょう。」
ソノの言葉に、絢も深く納得したように頷いた。
「確かに……。あの頃の玲は良くも悪くもみんなに冷徹な態度を崩さなかった。それを素晴らしいと、評価していた生徒もいますね。」
「何だよ、それ! 俺は今の如月の方が温かくていいと思うぜ?」
不満そうに叫ぶ豪に対し、凌はどこか気まずそうに視線を横へ逸らした。
「だから、それは会長に近い人間がそう感じてるだけで……関わりが少ない人間は分かんねーよ。……実際、俺も生徒会に入るまで分かんなかったし。」
初対面の際、玲に激しく食って掛かっていた過去を思い出したらしい。
そんな二人を見やりながら、絢が静かに場をまとめた。
「やはり、このまま放っておくのは得策ではありませんね。まずはこの話の出処を調査して、みんなに玲の良さを理解してもらいましょう。」
――こうして、生徒会メンバーたちは各自のやり方で事態の解決へ動き出した。
◇
日常の広報活動の合間、絢は穏やかな物腰で不満を抱く生徒の懐へと自然に入り込んでいった。
「そうですよね。実は僕もそう思っていたんです。その話、もっと聞かせてもらえますか?」
優しく微笑みながら本音を引き出し、彼らの抱く不信感の根源を探っていく。
律は、校内のSNSや掲示板サイトに怪しい噂が流れていないかを徹底的にリサーチしていた。
「この匿名投稿……怪しいな。ちょっと接触して探ってみるか……。」
画面に映る文字列を見つめ、不敵な笑みを浮かべながら裏から手を打っていく。
豪は各部活動の視察回りの際、持ち前の裏表のない真っ直ぐな性格で部活動生たちの本音を聞き出していた。
「主要な部活動が優遇されて、弱小部は予算がおりない!? そりゃ、実績っつーもんが関係してるからなー。でもまぁ、如月にはちゃんと伝えとくぜ! 会長は、困ってる奴を放っておくことはしねーから!」
不満を受け止めつつ、しっかりと玲のフォローも忘れない。
凌は、一年生の友人たちを中心に話を聞いていた。
「俺もさ、正直あいつ何者なんだ? って疑ってた! でも、俺が怖い先輩に絡まれてたらさ助けに来てくれたんだ! すげーかっこよかったぜ!」
自分自身が玲に抱いていた印象が変わった経験を、自分の言葉で伝えていく。
サクラは女子生徒たちの間に広がっている噂について、話を聞いて回っていた。
「……あの、玲会長のことなんですけど。実際にどう思っていますか?」
サクラの問いに、女子生徒たちは顔を見合わせる。
「だって……私たち、会長のことをよく知らないから。」
「生徒会室に、いつも同じ人たちが集まってるって聞いて……。」
「そうだったんですね。」
サクラは、自分が玲と過ごしてきた時間を思い出しながら、静かに微笑んだ。
「もしよかったら、一度会長と話をしてみてください。きっと、思っているよりずっと……素敵な人ですから。」
その言葉に、女子生徒たちの表情が和らいだ。
一方、玲とソノは生徒会室で二人、今後の打ち合わせを行っていた。
「私も何かした方がいいかな……校舎のゴミ拾いとか……。」
不安そうに提案する玲に、ソノは首を横に振った。
「そんな、普段やってないことを突然やり出しても逆効果です。」
「うっ……。」
玲がしょんぼりする。
「今は玲先輩以外の人間が、『如月玲は差別なんてしてない、みんなのことを考えてる』と伝えることが大切なんです。」
「……そっか。」
玲は少し考えてから、笑った。
「じゃあ、今はみんなに任せる。」
「はい。」
その一言に、ソノは微笑んだ。
◇
数日後。
生徒たちの間に流れていた空気は、少しずつ変わり始めていた。
「生徒会の私物化って、単なる噂だったらしいよ。」
「実際、会長って部活の予算のこととかもちゃんと見てるんだって。」
「会長が一年生助けたことあるらしいぜ。」
「そこまで悪い人じゃないらしいよ?」
絢、律、豪、凌、サクラ。
そして玲を支えたソノ。
それぞれの働きによって、玲への疑念は少しずつ薄れていった。
――しかし。
それでも、動きを止めない生徒たちがいた。
かつての冷徹な玲を崇拝する、親衛隊のコアな十数人。
彼女たちは最後まで、リコールを撤回しなかった。
「私たちは、今の会長を認めません。」
その言葉を受け、生徒会は最終的な決着をつけることを決めた。
緊急生徒総会。
議題は――。
『生徒会長・如月玲のリコールについて』
◇
静まり返る体育館。
まずは親衛隊代表の女子生徒が壇上に立ち、マイクを握りしめた。
「私たちは、以前の生徒会長を尊敬していました。」
体育館に静かな声が響く。
「凛としていて、誰に対しても公平で……。そんな生徒会長だからこそ、私たちはついていったんです。」
少女は一度、息を吸った。
「それなのに、今の会長はどうですか?」
視線が玲へ向けられる。
「特定の生徒ばかりを生徒会室に集め、親しく接している。私たちは、そんな生徒会長を望んでいません!」
静かなざわめきが体育館に広がる。
そして、玲が壇上へ上がった。
会場中の視線が、一斉に玲へ集まる。
玲はマイクの前に立つと、まず深く頭を下げた。
「まずは……このような不安で学園を混乱させてしまったことを、謝罪します。」
静かな声が体育館に響く。
「そして、そう思わせてしまったこと。私自身の力不足についても、謝罪します。」
親衛隊の生徒たちが満足そうに頷いた。
――そうだ。
――自分たちの言っていることは正しい。
そんな表情だった。
しかし玲は、そこで終わらなかった。
ゆっくりと顔を上げる。
そして、全校生徒をまっすぐ見つめた。
「私は……みんなのことを幸せにしたいと思って、生徒会活動を行っています。」
その声は、少しずつ力を増していく。
「もっと、みんなが過ごしやすい学園にしたい。そのために、力や畏怖でみんなを従わせるのではなく、みんなが声を上げやすい環境を作りたいと思っています。」
玲は、親衛隊の生徒たちを見た。
「実際、今回こうして『おかしいんじゃないか?』と声を上げることができた。それは、みんなが自分の意見を言える環境になっている証明でもあるのではないでしょうか。」
体育館が静まり返る。
「……そうだ、そうだ!」
どこからか声が上がった。
それを皮切りに、次々と声が重なっていく。
「確かに!」
「会長はちゃんと話を聞いてくれてる!」
「俺もそう思う!」
声は次第に大きくなっていった。
玲は、体育館を見渡しながらその声を静かに聞いていた。
そして、ゆっくりと親衛隊の生徒たちへ向き直ると、深く頭を下げた。
「ありがとう。自分の意見を伝えてくれて。」
その姿に、親衛隊のメンバーたちも毒気を抜かれたように鳴りを潜めた。
しばらくして、代表の少女がぽつりと口を開いた。
「……私たちは以前の生徒会長が好きでした。凛として孤高で……。」
玲は、その言葉を否定しなかった。
「そっか……。」
玲は静かに言葉を繋ぐ。
「君たちの理想でいられなくて、ごめん。」
「……。」
「でも、好きでいることはできなくても……分かり合うことはできると思うんだ。」
その言葉に、少女たちは目を見開く。
「おかしいと思うことがあれば、声を上げてくれて構わない。意見の食い違いは誰にだってある。」
玲は、優しく微笑んだ。
「だから――これからもっと、対話をしよう!」
体育館に、大きな拍手が響いた。
採決の結果――。
『生徒会長・如月玲リコール案』
――反対多数により、否決。
玲の生徒会長としての立場は、守られた。
その様子を、生徒会メンバーたちは見守っていた。
「……終わったか。」
豪が大きく息を吐く。
「よかったですっ……。」
サクラも胸を撫で下ろす。
「まったく……心配させんなよな。」
凌が苦笑する。
「でも……玲らしい終わり方でしたね。」
絢も微笑んでいる。
律は腕を組みながら、
「……まあ、俺は最初から大丈夫だと思ってたけど。」
そう言いながら、誰よりも安堵した表情を浮かべていた。
少し離れた場所では、ソノが静かに玲を見つめていた。
玲が先ほど口にした言葉が、頭の中を巡っている。
――君たちの理想でいられなくて、ごめんね。
――好きでいることはできなくても、分かり合うことはできる。
その言葉は、かつての自分にも向けられていたような気がした。
冷徹だった玲に恋をしていた自分。
けれど、天真爛漫で温かな玲に翻弄されて、最初は戸惑った。
『こんなの、私の知っている玲じゃない!』と、思ったこともある。
それでも、少しずつ、その温かさに気づいていった。
そして、『こんな玲も悪くない』と、思えるようになった。
ソノは心の中で、そっと呟いた。
(神、素敵な演説……バッドエンド回避でした。)
◇
後日談――。
騒動が収まり、いつもの平和を取り戻した生徒会室。
玲とソノは、二人きりで向かい合っていた。
「ねえ、ソノちゃん。この前のリコール騒動……あれが玲のバッドエンドだったんだよね?」
「はい。そうです。」
玲は興味津々といった顔で身を乗り出す。
「どういう条件で発生するの?」
「主人公のソノと玲の親密度が一定以上になると、その関係を快く思わない生徒たちが反発して発生するイベントです。」
「なるほど!」
「回避するには、他の生徒会メンバーみんなの協力が必要でした。」
「え?」
「協力してもらうために、プレイヤーは玲だけではなく、他の攻略対象とも一定以上の親密度を上げておかなくてはならないんです。」
「えっ? 玲ルートなのに?」
「はい。」
ソノは苦笑した。
「それが、玲ルートは最難関と言われている所以です。私も、何度玲を失職させたことか……。」
ソノは遠い目をした。
「玲ルートを攻略するためには、他のメンバーとの親密度も必要……。」
「そういうことです。」
玲は少し考えてから、ぱっと顔を輝かせた。
「でも! 今回、それが回避できたってことは……ソノちゃんとみんなとの親密度が、ちゃんと高かったってことでしょ?」
玲は満面の笑みを浮かべる。
「それが証明できたのは良かった! やっぱり、みんなが仲良しなのが一番いいもんね!」
ソノは、そんな玲を見つめた。
(……いいえ、神。今回、みんなは私が頼むことなく、自分からあなたを助けようと動きました。)
ソノは、そっと胸の内で微笑む。
(これは、私とみんなの親密度が高かったからではありません。あなた自身が、みんなに愛されているということなんです。)
その言葉を玲に伝えることはせず、ソノはそっと胸の奥へしまった。
もうすぐ、修学旅行が始まる。
その旅先で――。
玲は、きっと知ることになるから。
自分が、どれほどみんなに大切に想われているのかを。
高天原ヒロ
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コメント
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### 高天原ヒロさんへ 第72話、読み終わりました! 今回は修学旅行直前の物語だったんですね。リコール騒動で玲が窮地に立たされる展開にドキドキしましたが、生徒会メンバーそれぞれが自分のやり方で玲を支える姿がすごく温かくて…特にソノが「みんなに愛されている」と胸に秘めた場面、じんと来ました。 玲の「分かり合うことはできる」という演説も、彼女らしい優しさが出ていて素敵でした。修学旅行編が待ち遠しいです!