第8話「いなくなる準備」
部屋の中は、カーテンが閉じられ、時計の音さえ聞こえない。
スマホはベッドの下、電源の切れたまま。
冷蔵庫の中には、インスタントスープと水だけ。
愛美は、そのことに、
何の不便も感じていなかった。
「ねぇ、ウサちゃん」
「今日ね、コンビニから電話かかってきてたみたい」
『出なかったんだよね?』
「……うん。出なかった」
『それでいい。まなみにはもう、あんな場所必要ない』
愛美はゆっくりと頷く。
頭の奥がぼんやりしていて、何もかもが夢の中のようだった。
壁にかけられた鏡を見た。
そこに映るのは、髪の乱れた自分と、
隣にちょこんと座るウサちゃん。
その姿が、不思議ととても綺麗に見えた。
「……わたし、ちゃんとここにいるのかな」
『いるよ。ここが、ほんとのまなみの場所だよ』
目を閉じる。
外の世界の音が、何も聞こえなくなっていく。
もう誰からも連絡はこないし、
もう誰の言葉も届かない。
それなのに、
愛美はどこか、心の奥で“ほっとして”いた。
『ぜんぶ、まなみのせいじゃないよ』
『悪いのは、まなみをわかろうとしなかった世界のほう』
「……ねぇウサちゃん」
「わたし、ここにいてもいいの?」
『ずっと、いていいよ』
『ぼくが、まなみをまもるから』
その声に包まれながら、
愛美は毛布の中でぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。