テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夜。
また、蓮司の部屋だった。
何度目かわからない。数える気力もなかった。
脱がされるとき、遥は目を閉じる。
あくまで“される側”として、意志を殺す。
そうすれば、感じなくて済むと思っていた。
けれど──
指が触れる。熱が触れる。
感触が、皮膚を伝って染み込んでくる。
蓮司の手が首すじに這うたび、どこかに火が灯る。
(……なんでだよ)
遥は、自分の反応が許せなかった。
身体が“蓮司のもの”になっていく感覚。
それが、何よりも汚らしかった。
これは演技だ。
演技でしかない。
「こいつと付き合ってる」と言ってしまった以上、信じさせなきゃいけない。
蓮司はそれを、当然の権利のように受け取る。
だから遥も、応じるフリをするしかなかった。
──でも、
どこかで本当に“感じてしまっている”自分がいる。
気づかれないように噛み殺す声。
ほんのわずかに揺れる息。
(違う、違う……違うのに)
そんな自分を、遥は吐き気がするほど嫌っていた。
けれど──
その夜、蓮司が遥の髪をなぞりながら、ふとこんなことを言った。
「……日下部、おまえのこと、まだ見てるよな」
遥は、ぞくりと背筋を這われたような気がした。
「……見てねぇよ」
「嘘。気づいてるくせに」
蓮司は楽しげに笑った。
壊れかけた玩具の動きを、飽きずに観察する子どものように。
「……庇ってもらいたいって思ってんだろ? あいつに。……俺じゃなくてさ」
その一言が、遥の中の何かを突き刺した。
胸が、変な音を立てた。
──そんなわけない。
そんなこと、思うわけない。
誰かに庇われたいなんて──願ったら、壊れる。
期待したら、また裏切られる。
見られたら、また軽蔑される。
触れられたら、また奪われる。
それでも──
日下部の視線は、どこかに残っていた。
昼間の教室で、見られていた。
あの目が。あの声が。
「信じたい」と言われた気がして──怖くて、突き放した。
でも、それでも、まだ──
(……まだ、見てるの?)
胸の奥で、その問いが立ち上がった瞬間。
蓮司が唇を押し当ててきた。
遥は、それに応える“演技”を忘れなかった。
笑ったふりをして、受け入れるふりをして、
でも、心の中で何かがぐずぐずと崩れていった。
(俺なんか、どうでもいいくせに)
(それでいい。どうでもいいって思われてた方が楽だ)
(……なのに、なんで)
(あいつの目が、まだ俺を……)
身体は熱を帯びていくのに、心は冷えていく。
──助けて、なんて思ってない。
──けれど、助けてほしかったのは、本当だった。
その矛盾が、遥の胸をずたずたに裂いていく。
蓮司の手が肌を撫でるたび、遥は少しずつ「自分」の形を失っていった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!