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#snjn
のりもちさん
9,016
空は淡い橙色から茜色へとゆっくり染まり、遠くの雲の縁だけが、溶けた金色のように輝いていた。昼間の熱を少し残した風が、二人の間をすり抜けていく。
二人は手をつないだまま、しばらく立ち止まっていた。
触れ合った手のひらだけが、夕暮れの中で確かな温度を持っている。けれど、肩と肩の間には、まだ一歩分ほどの距離があった。
❤️「……仁ちゃん。」
💛「……ん。」
風にさらわれそうな声で返すと、仁人はつないだ手に視線を落とした。
❤️「俺、待っとるから。」
💛「……。」
❤️「急がんでええよ。仁ちゃんがちゃんと言えるまで。」
舜太の声は、いつもの明るさより少しだけ低く、穏やかだった。急かすことなく、ただ隣にいる。その距離が、かえって仁人の胸を締めつける。
仁人は俯いた。
💛「……そういうとこ。」
❤️「え?」
💛「……そういうとこ、ずるい。」
❤️「俺、なんかした?」
💛「……してる。」
舜太は不思議そうに首を傾げた。夕日を受けた横顔が近くに見えて、仁人はまた視線を逸らす。
風が二人の髪を揺らし、足元の影を長く伸ばしていた。並んだ影は、いつの間にか肩を寄せ合うように重なっている。
仁人はつないだ手を見つめる。
💛「……舜太といると、調子狂う。」
❤️「……うん?」
💛「いつもだったら、こんなことで悩まないし。こんなに緊張もしないし……。」
言葉を探すたび、胸の奥に隠していたものが少しずつほどけていく。
💛「……なのに、舜太といると、もっと一緒にいたいって思う。」
舜太の表情が、ゆっくり変わった。
驚きが浮かび、それから、こぼれそうな喜びをそっと隠すように目元が緩む。
💛「帰りたくないとか……明日も会いたいとか……。」
夕焼けの光が、仁人の頬を赤く染めていた。けれど、それが夕日のせいだけではないことを、舜太は気づいていた。
💛「……こんなこと、今まで思ったことなかった。」
❤️「……仁ちゃん。」
呼ばれた名前が、風よりも近くに響く。
💛「だから……。」
仁人は一度、ぎゅっと目を閉じた。
つないだ手に、無意識に力がこもる。舜太の指が、それに応えるようにそっと動いた。
💛「……俺、お前のこと、特別なんだと思う。」
言い終わった瞬間、恥ずかしさで顔を上げられなくなった。
夕暮れの静けさの中で、自分の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
💛「……っ、あーもう。忘れて。」
❤️「えっ、なんで!?」
💛「無理。今のなし。」
❤️「いやいや、無理やって!」
舜太の声が、いつもより少し弾んだ。張りつめていた空気が、風にほどけるように揺れる。
❤️「……めっちゃ嬉しいんやけど。」
💛「……え?」
仁人が顔を上げる。
舜太は照れくさそうに笑っていた。いつもの明るい笑顔なのに、耳がほんのり赤い。
❤️「俺も、仁ちゃんともっと一緒におりたい。」
💛「……。」
❤️「昨日も今日も、ずっと思っとった。」
💛「……なんで、もっと早く言わないんだよ。」
❤️「仁ちゃんも言わんかったやん!」
💛「……それは、そうだけど。」
二人で顔を見合わせる。
さっきまで遠く感じていた距離が、いつの間にか少しだけ近くなっていた。肩が触れそうで触れない、そのわずかな隙間に、言葉にしたばかりの気持ちが静かに満ちている。
そして、同時に笑ってしまった。
さっきまであんなに苦しかった胸のあたりが、少しだけ軽くなった気がした。
◇
風がまた吹いた。
夕焼けは少しずつ薄まり、空の高いところから青が戻り始めている。それでも二人の周りには、まだ柔らかな橙色が残っていた。
❤️「……なあ、仁ちゃん。」
💛「なに。」
❤️「ひとつ、聞いてもええ?」
💛「……なに?」
舜太は、つないだ手を見てから仁人の顔を見た。
その視線に気づいた仁人が、わずかに身を固くする。
❤️「……もうちょっと、近くに行ってもええ?」
💛「…………は?」
一瞬で、仁人の顔が赤くなる。
💛「な、なんで……!」
❤️「あかん?」
💛「……っ、そういう聞き方するなよ。」
❤️「だって、ちゃんと聞きたいやん。」
舜太の声は優しかった。冗談めかしているようで、その目はまっすぐ仁人を見ている。
仁人は困ったように目を逸らした。
けれど、つないだ手は離さない。
むしろ、離れてしまわないように、指先がそっと舜太の手を探していた。
💛「……駄目とは、言ってない。」
消えそうなくらい小さな声。
風の音に紛れてしまいそうだったが、舜太にははっきり届いた。
舜太は目を丸くした。
❤️「……ほんま?」
💛「……何回も聞くな。」
❤️「ごめん、嬉しくて。」
舜太がゆっくり一歩近づく。
それだけで、二人の間にあったわずかな隙間が消えていく。肩が触れ、互いの体温が夕方の風よりもはっきりと伝わった。
仁人も、ほんの少しだけ顔を上げた。
近い。
いつも隣にいるはずなのに、今はどうしていいか分からないくらい近い。
舜太の息づかいまで聞こえそうで、仁人はつないだ手にまた力を込めた。
❤️「……仁ちゃん。」
💛「……ん。」
❤️「目、閉じてくれる?」
💛「……っ、無理。」
❤️「ええー!」
💛「……いや、ちょっと待って。心の準備が……!」
舜太は思わず吹き出した。
その笑い声が、夕暮れの道に柔らかく響く。
❤️「仁ちゃん、かわいすぎるって!」
💛「うるさい!」
いつもの調子で言い返したのに、声が少し裏返ってしまう。
余計に恥ずかしくなって、仁人は舜太の肩を軽く押した。
けれど、押した手はすぐには離れなかった。触れた肩の温かさに、仁人の指先が迷う。
💛「……もう、帰る。」
❤️「待って待って!」
舜太は笑いながらも、すぐに真面目な顔に戻った。
夕日の残り光が、二人の間に細い影を落とす。
❤️「……嫌やったら、せえへんから。」
その言葉に、仁人は黙った。
舜太はそれ以上近づかなかった。ただ、仁人が決めるのを待つように、目の前に立っている。
その距離が、今度は怖くなかった。
しばらくして。
💛「……嫌じゃない。」
❤️「……うん。」
💛「……お前だから。」
舜太の笑顔が、ふっと止まった。
風が二人の間を通り抜ける。けれど、今度はその冷たさを感じなかった。
今度は舜太まで、何も言えなくなってしまった。
❤️「……仁ちゃん、それは反則やわ。」
💛「……知らない。」
仁人は恥ずかしそうに俯いた。
それから、ほんの少しだけ顔を上げる。
夕焼けの光が、二人の距離を淡く縁取っていた。
💛「……一回だけ、な。」
❤️「……うん。」
舜太は急がなかった。
つないだ手を握ったまま、ゆっくりと顔を近づける。仁人も逃げずに、その距離を受け入れる。
目を閉じる直前、仁人の視界に映ったのは、茜色の空と、すぐ目の前にある舜太の瞳だった。
二人はゆっくり近づいた。
風が止まったように感じた。
そっと、唇が触れる。
ほんの一瞬。
触れたと思ったら、すぐに離れるくらいの、短いキスだった。
それなのに、夕焼けの色も、遠くの街の音も、足元を撫でる風の感触も、すべてがその一瞬を中心に静止したようだった。
💛「…………。」
❤️「…………。」
二人とも、しばらく動けなかった。
離れたはずなのに、互いの距離はまだ近いままだった。額が触れそうなほどの距離で、二人はただ見つめ合う。
先に口を開いたのは、仁人だった。
💛「…………っ、もう帰る!」
❤️「えっ、待って! 仁ちゃん!!」
💛「待たない!」
❤️「いや、顔真っ赤やって!」
💛「うるさい! 見るな!」
そう言いながらも、仁人はつないだ手を離さなかった。
舜太はそれに気づいて、嬉しそうに笑う。
❤️「……なあ、仁ちゃん。」
💛「……今度は何。」
❤️「明日も、一緒に帰ろな。」
仁人は少しだけ黙った。
夕焼けはもう薄れ、空の端に夜の色が滲み始めている。けれど、つないだ手の温かさは、さっきよりもずっと鮮明だった。
それから。
💛「……明日だけ?」
❤️「……え?」
💛「……明日も、その次も。」
言いながら、また顔が赤くなる。
💛「……一緒に帰りたい。」
舜太は一瞬驚いて、それから今まででいちばん優しい顔で笑った。
❤️「……うん。」
ぎゅっと、手を握り返す。
❤️「ずっと、一緒に帰ろ。」
夕焼けの名残が残る道を、二人は再び歩き出した。
さっきまでと同じ道。
同じ帰り道。
でも、つないだ手の温かさだけは、昨日までと少し違っていた。
歩幅も、自然と揃っていく。
肩と肩の距離は、もう離れていなかった。
キスの感触は、もう消えてしまったはずなのに、仁人の唇にはまだ、そこだけ別の温度が残っているようだった。
隣では、舜太が何か話している。いつものように明るくて、少しだけ大げさで、聞いているだけで笑ってしまうような声。
仁人は相槌を打ちながら、その声をいつもより近くに感じていた。
さっきまでなら、恥ずかしさに耐えられなくなって、何度も手を振りほどこうとしたかもしれない。
けれど今は、離したくなかった。
この手を離したら、さっきの一瞬まで遠ざかってしまう気がした。だから、つないだ指にそっと力を込める。
その小さな変化に気づいたのか、舜太がこちらを見る。
❤️「……仁ちゃん?」
💛「……なに。」
❤️「いや、なんでもない。」
舜太はそれ以上聞かなかった。ただ、握り返す手に少しだけ力を込めた。
その温度が、言葉の代わりに胸の奥へ届く。
夕暮れの道は、少しずつ夜へ向かっていた。
遠くで車の音がして、どこかの家から夕飯の匂いが流れてくる。いつもの帰り道。見慣れた景色。何も変わっていないはずなのに、仁人にはすべてが少し違って見えた。
隣にいる舜太の横顔も。
つないだ手の温度も。
胸の奥に残った、あの一瞬も。
そして仁人は、隣を歩く舜太に気づかれないように、小さく呟いた。
💛「……好き、かもしれない。」
❤️「……えっ!? 今なんて!?」
💛「何も言ってない!」
❤️「絶対なんか言ったやん!!」
💛「聞こえてたなら聞くなよ!」
❤️「もっかい言ってやー!」
💛「言わない!」
笑い声が、夕暮れの道に響いた。
けれど、仁人の胸の中では、その言葉だけが笑い声に紛れず残っていた。
好き、かもしれない。
まだ、はっきりとは言えない。言ってしまえば、今までの何かが変わってしまう気がする。
それでも、つないだ手を離したくないと思った。
明日も、その次の日も、こうして隣を歩きたいと思った。
その気持ちは、もう「特別」だけでは足りないところまで来ている。
薄れていく空の下で、二人の影は寄り添ったまま伸びていく。
つないだ手は、家に着くまで一度も離れなかった。
仁人は最後まで、もう一度その言葉を口にすることはなかった。
けれど、握り返した指先と、隣を歩く歩幅が、言葉よりも確かに答えを伝えていた。
――明日になっても、きっと。
コメント
1件
うわ、めっちゃ良かった……!夕焼けの描写が綺麗すぎて、最初から引き込まれたわ。二人の距離感が絶妙で、特に「ずるい」って仁人が言うところ、あれで全部伝わってくるのがすごい。キスの後の照れ合いも可愛すぎてもうニヤニヤが止まらんかった。つないだ手を離さない仁ちゃんの心情描写が丁寧で、こっちまで胸が温かくなった。ちゃちゃゆさんの描く距離感、めっちゃ刺さるわ。続き楽しみにしてる🔥