テラーノベル
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バキィッ――。
桜の幹が裂ける。
古木の悲鳴。
いや。
もっと古い何かの悲鳴だった。
村中の花が震える。
黒く染まった花びらが舞う。
空は暗い。
月は雲の向こう。
それでも。
何かがこちらを見ていた。
旅僧は護符を握る。
冷や汗が止まらない。
だが。
花守は違った。
震えている。
その小さな身体が壊れてしまいそうなほど。
「やめて」
掠れた声。
「起きないで」
桜へ縋り付く。
必死に。
その時。
桜の中から。
声が聞こえた。
『泣くな』
静寂。
旅僧が凍り付く。
花守も動きを止める。
『まだ』
優しい声だった。
『そんな顔をするな』
風が吹く。
花守の瞳から涙が零れる。
「嘘つき」
震える声。
「帰ってくるって言った」
静寂。
「約束した」
桜へ拳を叩きつける。
「したじゃない!」
返事はない。
しばらく。
長い沈黙だけが続く。
そして。
再び声。
MOMO🩲
ひな
104
けだま15号🍓🐾໊
6,356
夕鳴
128
『すまなかった』
旅僧は息を呑んだ。
言い訳ではない。
ただ。
謝っていた。
その時。
佐衛門が桜を見る。
声を聞く。
懐かしい。
何故か。
懐かしい。
だが。
思い出せない。
あと少し。
手が届かない。
その時。
桜の裂け目から。
一人の男が現れた。
白い装束。
長い黒髪。
痩せた身体。
だが。
優しい目をしていた。
旅僧は息を呑む。
この男も。
顔を見ても覚えられない。
墓守と同じ。
鐘撞きと同じ。
男はゆっくりと花守を見る。
そして。
笑った。
本当に嬉しそうに。
「大きくなったな」
静寂。
花守が泣き崩れる。
「馬鹿」
涙が止まらない。
「馬鹿」
男は何も言わない。
ただ。
頭を下げる。
長く。
深く。
やがて。
男の身体が揺らいだ。
透けている。
輪郭が薄い。
風に触れれば消えてしまいそうだった。
墓守が呟く。
「残滓か」
鐘撞きも目を伏せる。
男は聞こえているのか。
いないのか。
ただ。
花守を見ていた。
その時。
男の視線が動く。
花守から。
佐衛門へ。
風が止んだ。
長い沈黙。
そして。
男は目を見開く。
驚いたように。
信じられないものを見るように。
「生きていたのか」
静寂。
旅僧の心臓が鳴る。
まただ。
また現れた。
佐衛門を知る者。
佐衛門だけが知らない。
男は笑う。
泣きそうな顔で。
「そうか」
「生きていたか」
風が吹く。
花びらが舞う。
そして。
男は小さく呟いた。
「良かった」
その言葉に。
佐衛門の胸が軋む。
痛い。
懐かしい。
悲しい。
分からない。
何も分からない。
その時。
男が呼んだ。
静かに。
優しく。
まるで昔と変わらないように。
「菫」
静寂。
花守が顔を上げる。
旅僧も。
お師さんも。
鐘撞きも。
誰も喋らない。
男は続ける。
「約束を覚えているか」
風が吹く。
花びらが舞う。
そして。
佐衛門の脳裏に。
一輪の花が咲いた。
小さな紫の花。
野に咲く。
慎ましい花。
菫。
佐衛門の指が。
無意識に動いた。
刀の柄へ。
いつもの癖。
だが。
今は違った。
その花を。
何処かで。
誰かと見た気がした。
コメント
1件
もう…泣きそうになりました。桜の裂け目から現れた男が「大きくなったな」って言った瞬間、胸がぎゅっとなりました。花守ちゃんの「帰ってくるって言った」「約束した」って言葉、本当に痛いくらい伝わってきました…。それに、佐衛門さんを「菫」って呼んだのも気になる…。一輪の花が咲くような、あの最後の描写がすごく美しかったです。記憶の欠片が少しずつ見えてきそうで、次が楽しみすぎます🌷