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奴良組屋敷。
にぎやかな声が飛び交う中、レンは少し居心地悪そうに立っていた。
「まあまあ、いらっしゃい。レンちゃんよね?」
にこやかに声をかけてきたのは、奴良若菜だった。
その笑顔はまるで太陽のように温かく、レンは一瞬言葉を失う。
「ずっと牛鬼さんたちと一緒だったんですってね。大変だったでしょう?」
そう言いながら、若菜はレンの手をそっと包み込む。
柔らかな手の感触に、レンの胸の奥で何かが弾けた。
「……っ」
思わず視界がにじむ。
――母さん。
懐かしい温もりに触れた瞬間、止めていた涙がこぼれ落ちた。
「れ、レン様!?」「ひ、姫さんが泣いてる……!」
後ろで牛頭丸と馬頭丸が慌てふためく。
だがレンは二人の声を聞いても、もう止められなかった。
若菜は黙ってレンを抱き寄せ、背を撫で続けた。
「大丈夫よ。もう一人じゃないから。」
その声に、レンは子どものように震えながら泣き続けた。
レンが涙を拭うと、若菜は微笑んで言った。
「無理しなくていいの。あなたは、あなたのままでいいのよ。」
「……うん。」
普段なら素直に返事などしないレンが、小さく頷いた。
「ひ、姫さんが逆らってない……!?」
「しかも返事してる……!」
牛頭丸と馬頭丸は背後で小声でざわつく。
レンは二人に気づき、慌てて顔を背けたが、若菜の温もりは心の奥まで残り続けた。
レンは涙をぬぐいながら、声を震わせて問いかけた。
「……なんで私に優しくするの? 血も繋がってないのに……」
若菜は驚くでもなく、ただ穏やかに微笑む。
「そうね。私はあなたの本当の母ではないわ」
一拍おいて、レンの手をぎゅっと握る。
「でも――あなたはリハンさんの大事な娘。なら、私の大事な娘でもあるのよ」
「……っ!」
レンの胸に、こみ上げるものがあふれて止まらなかった。
堪えていた涙が再び頬をつたう。
「ひ、姫さん!?」「また泣いてる……!」
後ろで牛頭丸と馬頭丸があたふたするが、レンは気づかない。
若菜の言葉が胸に深く染みわたり、ただ静かに涙を流し続けた。
泣き疲れたレンは、若菜の膝に頭を預けたまま、しばし静かに呼吸を整えていた。
牛頭丸と馬頭丸はまだ背後でおろおろと見守っている。
「……ありがとう、ございます」
やっとの思いで口にした言葉は、掠れながらも真っ直ぐだった。
若菜はその頭を撫でながら、ふっと微笑んだ。
「礼なんていらないわ。母親ってね、子どもに優しくするのが当たり前なの」
その言葉に、レンの胸の奥で再び熱いものが込み上げる。
「……母親、か」
ぽつりと零した声は、自分に言い聞かせるようだった。
すると若菜は、少し声を潜めて優しく続けた。
「リクオのことも……よろしくね。あの子、不器用だから」
レンは一瞬言葉を詰まらせた。
視線を落とし、唇を噛む。
「……っ。あんな奴……」
強がりの言葉を吐き出そうとしたが、若菜の柔らかい瞳に射抜かれ、言葉は続かなかった。
代わりに、牛頭丸が苦笑混じりに口を挟んだ。
「……まあ、姫さんが素直になる日は、まだ先かもな」
「そうそう。でも……今の姫さんなら、その日も遠くないかもしれないね」馬頭丸も頷く。
「なっ……! お前ら、勝手に……!」
レンが慌てて睨むが、涙で赤くなった目元では迫力も半減していた。
若菜はその様子を見て、ただ優しく微笑んだ。
「大丈夫。焦らなくていいの。少しずつで」
レンは何も言い返せず、ただ小さく頷いた。
――この温もりを、忘れたくない。
胸の奥でそう願いながら。