テラーノベル
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まるで雨音につられるかのように1人の男がゆっくり目を覚ました。物が散乱し尽くした部屋の隅からぬっと男は起き上がっる。男が枕にしていた紙の山の中の新聞には日本語とドイツ語で昨日のプロ野球日本vsドイツの試合の結果が載せられていた。男は起き上がりボロボロになったカーテンを開けた。そこに広がるのは工業地帯化した暗闇が広がる大日本帝国中華人民自治区『北京』の街並み。ビルの巨大なモニターには大日本帝国の旭日旗が揺らぐ映像が常に流され、街中は日本文化と日本語で溢れかえっていた。
この男の名は白沢 拓真。満州市の警察署で働く元日本軍兵士だ。彼の住む物の散乱し、掃除すらされていない部屋をみると彼の生活はとても良いものとは言えなかった。拓真は部屋のカレンダーをめくり日付を指でなぞった。
「…今日は戦勝記念日か…」
拓真の人差し指の先には8月20日『戦勝記念日』と書かれたマスがあった。拓真はまいったと言わんばかりに首裏に手を当て、近くの壁のハンガーにかけられた自分の警官の制服を手にし、寝間着をソファーにかけると制服にそっと袖を通した。拓真は玄関から家を出ると家の戸をバタッと閉めた。部屋には少しの静寂と、都市から聞こえる静かな雑音が軽く響いていた。拓真が向かったのは北京中央駅だった。そこで1人分の満州行きの片道切符を購入し駅のホームで電車を待っていた。しばらく空を見上げていた拓真の気を引くように警笛を鳴らしながらホームに電車が入ってきた。電車のドアが開くと一斉に人が電車に乗り込み拓真も流されるように電車に乗り込み壁側に立った。ジリジリと駅のホームのベルざなり響くと電車のドアは一斉に閉まり、電車が動き出す。駅のホームから電車が出ると電車の窓からは北京市の中心部が見え、拓真は窓から外に目をやった。やはり街中日本語で溢れ大都会を行き来する人々が見えた。しばらく拓真は電車に揺りながら外を見つめていた。やがて風景がガラッとかわり山を越え再び都市部に電車はさしかかっていた。
『次は~、満州、満州、お出口は右側です』
アナウンスと共に電車は満州駅のホームに入りゆっくり停車した。電車の窓からは電車を待っていた大勢の人が見えていた。電車が止まりドアが一斉に開くと人々は電車を降り改札に向かって一斉に歩き出した。拓真も改札に向かって一直線に歩いた。改札を抜け駅を出ると、そこに広がっていたのは発展した満州の中心都市部。拓真は一息すると再び歩き出し、駅近くのビルの間にある狭い通路を歩いた。通路を抜けるとそこは人が行き来する大通りで、目の前には職場の満州市警察署があった。拓真はささっと大通りを渡ると警察署の重厚なドアを開けて警察署内に入った。警察署に入るやいなや彼の前に1人の女性が迫ってきて彼の行く手を阻んだ。
「白沢警部補、ずいぶん遅かったですね?」
彼女の名は加藤 莉奈。拓真の部下の若い巡査部長の女性警察官である。
「電車が遅れたんだ。仕方ないだろ」拓真は下手な嘘を付いた。
「電車が遅れた…?なるほどそれは仕方ないですね。では、後で今日の北京から満州行きの電車を調べて署長に報告しておきますね」
「そ、それは…。まぁいい。好きにしろ」
拓真は内心焦りながらも彼女の言葉を軽く受け流しズカズカと階段を上がり右手にある自分の職場部屋に入った。莉奈は拓真の後を追いながら彼に向かって口を開いた。
「そういえば白沢警部補、今日の朝日本軍憲兵隊の兵士が死体調査のため身元不明の死体をここに置いていきました。」
「死体?それは鑑識か解剖班の仕事だろ。死体はそっちに回してくれ。」
「でもそれが…」莉奈は一瞬口ずさんだ。それに拓真は足を止め、ゆっくり振り向く。莉奈は振り向いた拓真の顔をまっすぐ見て真剣かつ少し困った様子で口を開いた。
「憲兵隊から、死体調査は白沢警部補が行うようにと…憲兵隊から言われています。」
「何…?どうして俺が…?」
拓真は彼女の言葉に困惑と疑問を抱いていた。しかし、それと同時に何か嫌な予感がすると心の淵で感じていた。
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