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ボクは、青いグローブを大きく振りかぶった。足を高く上げた。渾身の力を込めてキャッチャーめがけて投げ込んだ。バットが空を切って、ワンストライク!
ボールを受け取り、ボクはまた足を高く上げた。
放課後、学校のグランドで3組との野球の試合。
ボクはキャッチャーの「ゴン」・・・権之助めがけて思い切り投げ込む。
バットが空を切って三振!9回ツーアウトまでこぎつけた。
今日は、球が走ってる。途中でつかまり、3点とられたけれど、味方が4点とって、ボクは尻上がりに調子をとりもどして三振の山を築いていた。
・・・・バッターボックスには4番が入った。
気をつけなきゃな・・・一発くらったら同点やんけ・・・
「カズく~~~ん!」
女の子たちからの声援が飛ぶ。
クラス対抗のリーグ戦は、学校ではかなりのイベントや。クラスの女の子、全員が応援に来てるといっていい。・・・・その中心にいるのは村の女の子たちや。応援席の中心に陣取っている。
・・・でも、その騒々しい「村」の女の子たちとは違い、応援席の端に佇んでいる新興住宅地の女の子・・・「町」の女の子たちの方がボクは気になった。そこに茜がいたからや。
キャッチャーのゴンは従弟や。
家も近所で、歳も同じ。当然親同士が親族や。まったく兄弟のように育った。
ボクなんかと違って成績がよくて・・・・クラス委員長でもある・・・見るからのキャッチャー体型そのまんまで・・・人望があって、クラスのご意見番・・・・そう、「ご意見番」という言い方がピッタリやった。
なんというか、言うこと、やることが大人やった。
最初に野球を始めたのは、村の野球チームからだ・・・っても、遊びの世界や。
ゴンには4歳年上の兄ちゃんがいて・・・だから、こいつも従兄・・・・キャッチャーをやってた。
そこで1年生でピッチャーを任されて、その後ずーっとエースの座を守ってる。
そのまんまで、学校、クラスのチームでも当然のようにピッチャーを任され、全学年でエースを務めた。
ゴンも当然のようにキャッチャーを務め、同じクラスになった時には、最強のバッテリーを組んできた。
打順は6番が定位置。長打力はあるんやけど、三振も多くてクリーンアップは打てなかった。もっとも、6番のほうが、好きにしていいという打順、気楽にバッターボックスに立てたからよかったけど。
小学校では、クラス対抗のリーグ戦はけっこー本気で戦っていた。
そのため試合も本気で、バッターとしても場面に応じてバントだの、流し打ちだの、難しいことが要求された・・・・そんな中でクリーンアップなんか打てるはずがない。
投げ込んだ球が、外角に外れた。・・・・きわどい。
「ボーーーール!」
審判のコール。・・・・審判っても手の空いてるヤツがやってるだけだやけど。
・・・あらら・・・ノーストライクで、3ボールになってもうた・・・
タイムがかかってマウンド上に内野手全員が集まった。なんたって相手は4番バッターや・・・9回のこの土壇場で、一発が出れば同点や・・・・緊張の一瞬やで・・・
「外角で勝負やな」
キャッチャーのゴンが言う。
「フォアボールでもええやん。次で勝負でも」
セカンドが言う。
「変わるか?」
ファーストの龍也が言う・・・・こいつは新興住宅地の住人や。「町の男の子」や。4番バッターで控え投手でもある。投げたくてしょうがないんやろうな。
・・・でも、残念ながら、ボクと同じクラスになったからには出番はないで(笑)。
4番との勝負を避けて歩かせる。次のバッターで勝負や。みんなの意見がまとまりかけた・・・
「嫌や、このまま勝負や」
ここで逃げたら次も逃げなアカン。苦手意識は負け犬意識を生む。そんなんはまっぴらゴメンや。
・・・ボクの大好きな阪神の中西は、どんな時でも巨人のバッターに向かっていく。
相手が強かったら強いほど向かっていかなアカン。
逃げて勝ったところで、そんなんはホンマに勝ったことにはならへん。
「試合に勝って、勝負で負けた」
そんなんは嫌や。
どーせなら逆がええ。
「試合には負けたけど、勝負には勝ったで」
・・・・それが、阪神ファンの心意気や!
ボクの一言で、勝負と決まった。
内野手が思い思いにボクに声をかけてくる。
遠く離れたライト、センター、レフトの3人が手持無沙汰の様子でマウンドのボクらを見てた。
ゲーム中の作戦会議・・・・んなときは内野手だけが集まる。・・・・そんな時の外野は蚊帳の外や。
プロなら長距離バッターの定位地の外野も、小学校の野球チームでは人数合わせでしかない。
スクールカースト下位グループってことやろう・・・・・
試合再開。
青いグローブの中で球を握りしめる。
1年生の時、誕生日に青いグローブを買ってもらった。
ボクには小学生用。父さんが大人用。同じ青色のグローブを買った。
もう5年生や。今、ボクが使ってるのは父さんの大人用のやつやった。
小さい方は、いつの間にやら見なくなった・・・・
大きく振りかぶって、足を高く上げた。
・・・・外角ギリギリのコースがストライクの判定。カウント3-2 ・・・・あと1球までこぎつけた。
大きく振りかぶる。・・・・足を高く上げる・・・・ゴンめがけて投げ込んだ。
バットが空を切って三振!ゲームセット!
ボクはガッツポーズをして、浮き上がった帽子を直した。
ゆっくりホームベースへ向かう、整列して最後の挨拶や。
遠くから、外野の三人が急いで走ってくるのが見えた・・・・・
そんないつもの日やった。
一本の電話が入る。
父さんに仕事を回している会社からやった。「来てない」って言う。
「え?・・・今朝、出ましたけど・・・・」
母さんが電話で受け答えしてる。
父さんは朝早くに家を出ていた。・・・ボクが起きた時に、ちょうど家を出るとこやった。「行ってらっしゃーい」と大きく手を振った。
「おう」・・・いつものように父さんは手を振って出て行った。
それから大騒ぎになった。父さんの仕事が仕事や。「事故!」一瞬、全員の脳裏に浮かんだ・・・
でも、現実はあっけなかった。なんと父さんは、隣の市にある母さんの実家で寝てただけやった。つまりはサボり。
・・・昼間っから、酒を飲んで、酔い潰れてたんや・・・・
どういう理由で、そうなったんかはわからへん。
でも、母さんの実家にしてみれば、婿殿が訪ねてきたわけだ。もてなすにちがいない。・・・そこで、どうなったのか酒を飲んで寝てしまった。
独立すると、稼ぎは確実に増える。
もとより、そのために独立するわけで、ましてや仕事自体は、これまでやってきたことや。同じ時間働けば、確実に稼ぎは増える。
これまでの1ヶ月の稼ぎが10日で稼げるとなれば「もっとがんばろう!」寝食を忘れて働く人がいる。
でも、反対に「10日働けばええ」そう考える人もいる。
そして、父さんは後者やった。とても商売人向きとはいえない人やった。
ましてや、時流に乗ったようにトラックは増えていった。今や3台ある。自分一人がサボッたとて他の2台の実入りがある。
父さんは、性格が穏やかで優しい人やった・・・・
そんな父さんの唯一の欠点が「酒」やった。
酔うと訳がわからなくなるんやった。おそらく、日頃、おとなしい性格なだけに、ストレスが溜まりやすいんやろう。酒を飲むとその溜め込んだものが一気に噴出する。
絡んでくるんやった。
ふつうに機嫌よく晩酌しているぶんには問題なかった。
阪神戦を観ながらビールを飲んでいる・・・・が、酒量が、ある一定を超えると絡みだす・・・・祖父さんに絡み・・・・母さんに絡み・・・・最後はボクにまで絡んできた・・・・しかし、誰も相手にしない・・・そうすれば、なおさらに絡んでくる・・・・・
もともと酒癖が悪かった。
・・・・それが、年々酷くなっていった。
・・・しっかし、ここからの父さんの転落は早かった。
決定的なことが起こる。
ある時・・・・夜やった。
祖父さん、母さん、弟と晩御飯の最中やった。
・・・・父さんが帰ってくるのは今晩の予定・・・まだ帰ってこない。
一本の電話が入る。
そこから慌ただしくなった。
留守番してるようにと言われて、母さんと祖父さんはバタバタと出て行った。
弟とふたり並んでご飯を食べていた。・・・テレビは仮面ライダーをやってた。
弟が3匹のコブタのフォークでご飯を食べている。・・・仮面ライダーに夢中で手が止まっている。
祖父さんも母さんもいない・・・仮面ライダーを見ながらご飯を食べても怒られない。
座卓じゃなしに、テレビの前で、ふたり並んで食べた。
祖父さんと母さんの雰囲気から只事やないものを感じた・・・
何とも言えない嫌な感じってのか・・・・鳴門の大渦を初めて見た時のような・・・・ザワザワした感じやった・・・・
・・・・父さんは警察に捕まっていた。
あろうことか「飲酒運転」で逮捕されてしまっていた。・・・・ボクが事実を知ったのは、ずいぶん後になってからや。
これで、父さんの「運送会社」は終わった。
トラック3台は元請会社に引き取ってもらっていた。
・・・・そして従業員一同どころか、自分さえも引き取ってもらっていた。・・・・働かないわけにはいかないからな・・・・父さんの独立なんぞ、一時の夢のような出来事やった。
でも、今度は、一度、楽を覚えた人間は、そう簡単に真面目に働けるもんやない。
しかも、これまで10日で稼げたもの・・・自分がサボッても金が入ってきたものが、1ヶ月丸々、毎日キッチリと働かなきゃなんない・・・しかも「社長」とおだてられてきたのが、1運転手となる・・・・面白いはずもない。
酒を飲んでは仕事に穴をあけ、暴れていた。
「酒乱」
お決まりの母さんへの暴力。
・・・・そしてボクたち子どもたちへも・・・・もう、絵に描いたようなお決まりの転落パターンやった。
もう、ホントによくあるパターン。
・・・・もう、ホントによくあるパターンや。
・・・でも、よくあるパターンとはいえ、それを体験した当事者にとってはメッチャ辛い毎日やった。
家には酒をまったく置かなくなっていた。でも、父さんは料理酒はもちろんとして、養命酒さえラッパ飲みして酔い潰れていた。
近所の酒屋へは、母さんが父に酒を売らないように頼んでいた。
・・・・それでも、村社会のことや。酒屋のオジサンも、全く父さんを無視することもできなかったんやと思う。
・・・・それに、祖父さんも酒を飲む・・・・祖父さんは自分の酒を隠してはいたけれど、しょせん家の中のことや・・・・父さんは、すぐに見つけて飲んでいた。
家の中が毎日、殺伐としてきた・・・・
父さんと母さんの夫婦喧嘩・・・・
父さんと祖父さんの親子喧嘩・・・・
小学生のボクには何もできない・・・・・
知らない顔をして、仮面ライダーを見て・・・・阪神戦を観ながらご飯を食べていた。・・・・隣に、チョコンと弟が座っていた。
3人の罵りあいを聞き流し、弟と並んで2人ご飯を食べていた。
夜。
その日も父さんはいつものように、どこからか酒を手に入れて飲んでいた。
そして、死んだ魚のような目をして荒れ狂っていた。
・・・・・もう完全に狂ってしまっていた。
その顔は、もう人間の表情やなかった。
ボクの大好きやった父さんの顔やなかった・・・・・