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ニュートは文字通り肩で息をしながら闇祓い局の扉の前に立っていた。”緊急”という文字を携えた手紙が梟によって運ばれて来た時にまず1回焦り、”魔法省”という文字を見た時に再び焦り、”テセウス・スキャマンダー”という文字を見た瞬間に手紙を投げ捨てて魔法省まで煙突飛行粉で”魔法省!”と叫んで居たくらいには焦っていた。そしてそのまま走って来たのが冒頭でも言った通りのこの場所、闇祓い局である。
「あの…」
「ニュートさんですね!!」
闇祓いの1人が目を赤くさせて鼻声で寄ってきた。あぁ、泣いていたんだなぁ…なんて少し目を細めた。
テセウスはなんでも出来た。幼い頃から眉目秀麗で成績優秀、人当たりがよく人懐っこい笑顔……。大人になってからは更に磨きがかかってエリートコースを悠々閑々している位には素晴らしい人間となっていた。常に落ち着き払っていて闇祓い局:局長として働く姿は女性の100%が惚れると雑誌に取り上げられて居たし結婚したいランキング1位は当たり前、憧れの人ランキングでも1位と男女問わず慕われ、敬われている彼にも一つ直して欲しい事があった。それが”重度のブラコン”であることだ。暇があればニュート、任務が終わればニュート、休憩時間もニュート……ニュートニュートニュート……。当の本人であるニュートも最早頭を抱えていた。どうにも出来ないソレを嫌がりながらも受け入れるしか無くて、だけど偶に役に立つソレを上手い具合に使ってやって……まぁ、簡単に言えばウィン・ウィンの関係であったのだ。
そんな彼が今回の事件で薬品を真正面から被ったと言われた。正直信じられなかった。けれど、テセウスが庇った部下が罪悪感から精神異常を引き起こし自ら命を絶とうとしたという話も聞いて信じるしか無かったし、その本人から怖いくらいの眼差しと声で謝られてからは本当に信じるしか無かった。そんな彼の様子はどうなのだと見に行ったのが今日である。
「…よく寝てますね。」
半分嫌味だった。早く起きろよハグ魔。そんなことを思いながら規則正しい呼吸音が聞こえてくる母体をじっと見つめた。そして医者から薬品の症状を聞いた。
「記憶の欠落です。」
「…え?」
「先程、起きていた時に話を伺ったところ、最も近しい人物から順に記憶を失っていました。他国の親交を持った局長の記憶が薄くなっており、両親の記憶は無いに等しい。そして…ニュートさんの記憶は全くと言っていいほどありませんでした。」
「……そう、ですか。」
詰まるところ、最も親しい人の記憶は無いという事だ。
僕としては万々歳だった。兄離れも出来るし何より彼への恋心を忘れる事が出来るのだ。最後まで出来損ないだった弟に恋心を抱かれているなんて可哀想な事この上なかった。ただでさえ僕の尻拭いをさせられているというのに、その本人から劣情を抱かれているなんて一言で言えば最悪だ。神様は最後まで彼を幸せにしなかったらしい、兄弟という線を超えたいと実弟に願われる気持ちはどうだろうか。そんなこと考えたくもなかったがどうしても考えてしまうのだ、何故なら己は彼を求めて3年にもなるからだ。オブリビエイトを自分にかけようかとも思った。だけど、そんな日に限って兄は何食わぬ顔で家に姿表しをしたのだ。そんな兄に半ば呆れつつ、来てくれることがただただ嬉しかった。
「直ぐに治癒法を・・・」
「大丈夫です。」
「……え?」
「もう良いんです、彼には僕について沢山頑張ってもらいましたし…これからは僕を忘れてゆっくり休んでもらいましょう。」
僕は担当医にぎこちなく笑い掛ければ病室を後にした。
僕が居たから失敗したことだって沢山あったはずだ。勤務中に他国の魔法省から呼び出しを食らったと思えば弟の事について、なんて事が何度もあった。でも、その度にテセウスは僕の無事を喜んできつく抱きしめるのだ。そんなテセウスが僕を忘れたとなれば僕は静かに生きるし彼と二度と出会わないようにすればいい。もう、何もかもを忘れた方がいいのだ。彼にとっても、僕にとっても。
数日後…と言っても病室に駆け込んだあの日から毎日魔法省に通ってはどうかテセウスには僕のことを伝え無いで欲しいと頼み込んでいた。その事自体は了承を得れたが、代償が重かった。トランクの中に匿ってる魔法動物を片っ端から教えろ、との事だった。まだ魔法省に伝えていない子も居たので教える度に冷や汗ダラダラで比較的安全且つ魔法省が知っている範囲の動物たちを表に出し、それ以外の子達は何度も謝って秘密の区画に避難していてもらったのだ。
……が、どうも今日の様子が可笑しい。今日も今日とて彼らに魔法動物を教える為に魔法省に赴いたと言うのに何も無く帰っていいと言われたのだ。頭に疑問符を浮かべながら踵を返し部屋を出て出口へ迎えば聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
「ニュート・スキャマンダー。」
思わず肩を跳ねさせた。此の儘振り返って名前を呼び返したかった。だけど、振り返る事はしなかった。今振り返ってしまえば後戻り出来ないと感じたから。
「…私の弟だよな?」
「……人違いです。」
「嘘だ。君のことは片っ端から調べさせてもらった。特徴が合致している。」
「似ている人もいるでしょう、僕はアンドリュー・サステインだ。」
「……ニュート、」
歩きだそうと1歩踏み出すもその声に再び足を止める。
「…やっぱりニュートなんだな?」
「いいえ。僕はこれから仕事があるので。」
「待て、ニュート!!」
僕は足早に魔法省から出ると背後から叫ばれる声を無視して姿くらましをした。
家に帰った僕は深く息を吐きソファに身を投げた。
「なんで僕のこと知ってるの……」
ぽつりと呟いたその声は虚空に還っていった。明日はポリジュース薬でも飲んで行こうと考えた束の間、テセウスが僕のことを知っている理由が何となくわかった。
今日は何もしないで帰れと言われた理由、テセウスが僕を認知していた理由……。つまりそういう事である。彼らがテセウスに僕の情報を流したのだ。許せない。僕の保護している魔法動物を知るだけ知って売りやがった。この苛立ちを抑えるべくトランクの中に入り、子供たちを視界に入れる。トランクが開いた時はまだ怒っていたからかいつもと違う僕の気配を感じた子供たちは心配そうな顔で足元に集まってきた。
「ごめんね、大丈夫だよ。ほら、ご飯にしようか。」
僕は彼らを視界に入れた途端浄化された心で優しく彼らを一撫でした。そして彼らのご飯を用意するべく小屋に戻り杖を振り色んな用意をする。
「……さて、」
小さく息を吐けば食べ物が沢山入ったバケツを両手に抱え小屋を出た。そこからいつも通り子供たちに餌をあげ、一息ついた時にリビングの方から慣れた気配を感じた。はぁぁ、と大きく息を吐いては梯子を登り、トランクから顔を出す。
「来るなら言ってよ…兄…さ……」
やってしまった。別人の振りをして居たのに。
しっぽを出した僕を逃がすまいと目を細めこちらに大股で歩み寄れば体制を低くして目線を合わせた。
「…やはり君は私の弟なんだな。」
「違います、ただ、ただ僕には別の兄が居て…」
「醜い嘘はよせ。」
「嘘なんかじゃない。貴方こそ存在しない弟とやらを探すのは辞めてはどうでしょう?闇祓い局:局長は暇なんでしょうか?」
「…よくそんな口をきけるな。」
「さぁ、僕は魔法省とは無縁なので貴方の地位がどれぐらいなのかハッキリと把握してませんので。それでは失礼、貴方もさっさと帰ってください。」
「っ、おい!!」
僕はガチャリとトランクを閉めれば内側から施錠した。相手がテセウスならすぐにでも解ける施錠だったが彼は開けて追いかけてこなかった。…完全にそういうことである。勝手に期待して肩を落とす自分に嫌気がさしては梯子に腰をかけ其の儘顔を覆った。いっその事自分の記憶からも兄を消そうと杖を米神に突き立てれば子供達が駆け寄ってきた。それはよせ、ダメだ、と言わんばかりに服の裾を引っ張る。
「…ごめんね、ごめんね……」
誰に対しての謝罪かも分からぬままその場に崩れ落ち、涙を流しては冷たいコンクリートの床の上で意識を手放した。
「…ん、」
ふと目が覚めると暖かい何かに包まれていた。少し身動ぐと高くも優しい声が頭上で聞こえる。するとゾロゾロと沢山の可愛らしい気配が僕を囲った。
「……みんな、」
体を起こすと体を大きくしたオカミーの上にムーンカーフ達に包まれて寝転んでいたらしく、昨日の僕を心配した彼らが僕をここまで運び、そして起きたら皆に伝える、という作戦を練ったらしい。何とも素敵な子供たちに囲まれてまた目頭がじんと熱くなった。
「君たちはほんとに優しいんだね、今ご飯を準備す…」
彼らにご飯を用意しようと体に力を入れればムーンカーフ達は声を上げ、オカミーはしゅるりと僕の動きを封じた。
「え、どうしたの、皆?」
目を丸くして当たりを見回せばデミガイズがバケツを持って小屋から出てきた。
「…今日は皆が自分たちの世話をするの?」
優しく笑ってオカミーを見上げれば肯定の意味を示す瞬きを1度した。本当にこの子達は素晴らしい子達だ。
「僕はずっとここで休んでなきゃ駄目かな?」
ムーンカーフ達に目をやっては周りに集まる子供たちにも目を向ける。すると彼らはそうだと言わんばかりに鳴き声をあげた。
「うーん、でもずっと君に身体を預けるのは申し訳無いや、」
眉を下げてオカミーを見上げればオカミーは尻尾で僕の体を持ち上げズーウーの身体に預けた。
「わぁ、ふふ、君も僕を労わってくれるの?」
ズーウーはぐるぐると喉を鳴らせば僕に頬擦りをした。
子供たちに休まされることは初めてだった。確かに昨日あんなに思い詰めて急に泣いて意識を手放せば種族は違えど心配はするだろう。それにしてもこんなに世話を焼かれてはどうも彼のことが頭に過ぎる。
「…元気かなぁ……」
ぽそりと呟けばズーウーはハテナを浮かべた顔で覗き込んだ。
「あぁ、ごめん…何も無いよ、」
にこりと笑って顎を撫でてやればうっとりと目を細める。そんなズーウーの様子を楽しんでいればピケットが手紙を持ってニュートの元へ走ってきた。
「わぁ、大変だったでしょ?ありがとう、」
ピケットを肩に乗せてやれば手紙を開く。
その手紙はテセウスの担当医からの手紙だった。
回復薬のレシピができたこと、それを飲ませるのかどうか、テセウス本人はニュートとちゃんと話し合いたいと言っていることなどが綴られていた。
「…行かなきゃ、」
そっとズーウーから身体を離しては立ち上がる。周りの子供達が慌てて寄ってくるも僕は一人一人宥めては住処に戻した。
「ニュートさん、」
「…どうも」
「テセウスさんに、会われますか?」
「…回復薬のレシピを貰えますか?」
「レシピですか、?」
「はい、僕の研究室にはきっと全て揃ってるので。」
「……わかりました、少しお待ちください。」
そして数分後、慰者からレシピを受け取れば軽い感謝を述べてその場を後にした。…慰者からは執拗くテセウスと会っていけと言われたが…まぁ、フル無視だ。
「……これで、いいんだよね。」
回復薬の反対薬・・・つまり忘れた記憶を綺麗さっぱり忘れ去る薬を作った。モヤがかかったその状態を何もかもなかったことにするのだ。テセウスからニュート・スキャマンダーという情報を消し去り、ニュートもオブリビエイトでテセウスの記憶を消し去る。最低で最高な最善の手段だった。ニュートは意を決してこの薬をポケットに入れ再び聖マンゴ病院へと姿表しをした。
「ニュートさん、!薬出来ましたか?」
「はい、出来ましたよ。」
「…テセウスさんに……」
「会います、薬を渡さないと行けませんし……」
あはは、とぎこちなく笑えば慰者は喜んで病室へ案内した。
病室の扉を開けると窓の外をじっと眺め物思いに耽るテセウスの横顔があった。
「…君は……」
ふとこちらに目線をやると目を大きく見開いた。
僕は慰者に2人にしてください、と言ってはテセウスに向き直る。
「謝らないといけないことと喜んで欲しいこと。どちらから聞きたい?」
「…相も変わらず意地悪だな…」
「何方もいいなら僕は帰る。」
「待て、…謝らないといけないこと。」
「…僕は貴方の弟。隠しててごめん。」
「……どうして、どうして隠していたんだ?」
「どうしてって、そんなの簡単だよ。貴方にとって僕は不必要だったから。」
「そんな事ない、私は何故か君のことがずっと知りたかった。君のことを完全に忘れ去っていても心のどこかでぽっかり空いた穴が何かをしろと悲鳴をあげ続けていたんだ。」
「…そんなの、どうして僕だとわかったんですか?」
「……杖を向けた。」
「…は?」
「魔法省の人達に聞き回っても教えないと言われたからお偉いさんに杖を向けたんだよ。」
「……………はぁぁぁああ……」
熟呆れる。弟の事となれば何でもするこの脳筋クソ兄貴に腹が立ってきたほどには。
「…聞かなかったことにする。ってことで喜んで欲しいことね。」
「……あぁ、」
「回復薬が出来た。」
「…!」
「これ。黙って飲んでゆっくり寝て。」
「助かるよ、ありがとう。」
「……どう致しまして。」
テセウスに近付いては薬を渡す。あの時以来から決して呼ばれない名前に寂しさを覚えつつも彼が飲み干すまでボーッと眺めていた。
クイッと瓶を呷るテセウスを見ては踵を返し部屋を出ようと足を進めれば後ろに引っ張られる。抵抗する術も無く呆気なく倒れ込めばテセウスが僕の鼻を摘む。剰へ口を付け挙句の果てにあろう事か薬を流し込んだ。呼吸をする方法を奪われた僕はパニックのまま薬を飲み込む。テセウスは鼻は解放したものの口を付けたまま逃げ惑う僕の舌を捉え絡め、愛撫した。
「ん、ぁ…テセ、ぅ…」
とんとん、と背中を叩くとテセウスは口を離し熱の篭った瞳を向けた。
「アルテミス……」
「…!?」
目を見開いては1歩後退る。そのミドルネームは記憶がなかったら知る術がないと思う。魔法省の人間も知らないし書類にもニュート・スキャマンダーとしか書いてないはずだ。なぜその名前を、?
「どうして……」
「記憶が戻った。」
「……は?」
「薬の解除方法は本人に触れることだったんだろうな。」
「…!」
「ニュートが薬を渡す時に指先が触れただろう?その途端沢山の情報が頭に流れ込んできた。」
「…でも、どうして薬を……」
「記憶を取り戻したからと言って記憶がなかった期間を忘れた訳じゃないからね。」
「ッ…」
「ニュート…お前、随分と鈍いんだな?」
「鈍っ…、はぁ!?!?」
「貴方にとって不必要だって言ったか?」
「ちが、えっと、それは……!」
「醜い嘘はよせ。」
「っ、」
「さぁ、アルテミス、今からお前に僕の想いを全部あげよう。」
「待って、まってにいさん、」
「アルテミス、早く家へ帰ろう。」
テセウスはがっしりニュートを抱き締めればそのまま姿くらましをした。
その後病院の慰者からこっ酷く叱られるテセウスを知らん振りして子供達の世話をしていると開放されたテセウスからいきなり泣き付かれるのはまた別のお話…。