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#独占欲
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私たちはカフェを出て、駅前の大型ドラッグストアへと向かった。
日用品や化粧品が並ぶ売り場をスルーし、私たちが真っ先に向かったのは、一番奥にある健康食品コーナーだ。
「……見て見て真帆」
棚に並ぶパッケージには、『毎日元気』『活力サポート』『男のコンディション』など、遠回しなのに妙に目立つ圧の強い文字が踊っていた。
「すごっ(笑)……。対象を『獣』にする気満々じゃない」
「でもね、ひより。パッケージの煽り文句に騙されちゃダメ。裏の成分表を見てみなさい」
真帆は眼鏡をクイッと押し上げ、商品を一つ手に取った。
「見て。これは肝心の有効成分の配合量が少なすぎる。ただのプラセボ(気休め)よ」
「大事なのは、何をどれだけ摂るか。そして、そもそも一日だけ『点』で頑張っても意味がないってこと」
真帆は商品を棚へ戻し、諭すように続けた。
「身体は日々の食事の積み重ねで作られるの。いきなりサプリに頼るより、まずは普段の栄養状態をボトムアップさせるのが基本よ」
「つまり……毎日の食事からじっくり育てるってことね!」
「いちいち、表現が怖いわよ!」
真帆は手に取っていた商品を棚へ戻した。
「決めた!私、明日から陽一さんのお弁当を作る!」
***
その後、私たちは駅前の書店へ向かった。
健康・栄養学の棚の前で、真帆は数冊の本を手に取り、ぱらぱらと中身を確認していった。
「これなら基本がわかりやすいわね」
「こっちはレシピも多い。ひよりの場合、まずは実践しやすい方がいいでしょ」
私は栄養学の入門書と、作り置きできる高タンパクメニューのレシピ本を購入した。
カバンの中に入った本の重みが、妙に頼もしい。
(陽一さん。あなたの毎日を、少しずつ丁寧に私の色に染めてあげるからね♡)
この時の固い決意を胸に、今に至るわけである。
理論上は、完璧。付き合ったばかりでいきなり飛ばしたら引かれる。
大事なのは、下準備からだ。まずは、身体づくりから♡
「……ふふ」
いつ頃効果、出るのかな。
……完全に方向性がズレていることに、本人は微塵も気づいていなかった。
──獣は、牙を研ぎ、獲物が最高のコンディションに仕上がるのを待っていた。
***
その週の水曜日。仕事を終えた駅のホームは、帰路を急ぐ人々でごった返し、冷たい冬の夜風が吹いていた。 僕は人混みの端で、スマホの画面を何度も見返していた。
『今週の土曜、空いてますか?』
それを打ち込み、送信ボタンの上に親指を置いてから、すでに三分が経過していた。情けないと思う。
けれど、恋愛という表舞台から長年遠ざかっていた僕にとって、この一歩は断崖絶壁から飛び降りるような勇気を必要とした。
深呼吸をして、送信ボタンを押す。
数分後。通知音と共に画面が光った。
『はい、空いてますよ』
画面の文字を見ただけで、スマホを握る手に力が入る。
『よかったら、映画でもどうかなと思って』
既読がつく。……しかし、そこから返信が途絶えた。一分、二分。永遠のような時間が過ぎる。
(映画って、無難すぎた?まずは食事だけのほうがよかった?そもそも、彼女は映画好きなのか?)
考えすぎて、スマホを落としそうになった、その時。
『映画!いいですね。楽しみです』
よかった……。僕は決意した。完璧なデートにしよう。彼女より8歳も年下で、若くて綺麗だ。きっと今まで、僕とは違うスマートな男性たちとデートを重ねてきたに違いない。
だから、失敗は許されない。僕は真剣に「付き合う前 映画デート 失敗しない ジャンル」を検索した。
・話題に困らない
・気まずくならない
・恋愛要素は少なめ
そして辿り着いた一本。
《世界的に評価の高い、スタイリッシュなアクション映画》
凄腕の暗殺者による重厚なストーリー。これなら安全だ。
公開情報を三回確認し、レビューも読み、上映時間もチェックした。完璧だと思っていた。
──この選択が、死ぬほど気まずいデートの幕開けになるとも知らずに。