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みる🎼🎧 サブ垢
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どぞ!
食堂のざわめきは、少しずつ元に戻っていく。
誰かが笑って、誰かが呆れて、いつものブルーロックの空気に戻る——はずだった。
「で、その潔って今どこにいんの?」
氷織が何気なく聞く。
その一言で、また少しだけ空気が変わる。
乙夜は一瞬だけ黙った。
フォークを回していた手が止まる。
「……さあな」
軽く答える。
でも、その軽さはさっきより少しだけ薄い。
「知らねぇのかよ」
馬狼が鼻で笑う。
「好きとか言っといて?」
「うるせぇな」
乙夜は笑って返す。
「別にストーカーじゃねぇんだから」
その言い方に、何人かが小さく笑う。
けど——
「でも探してるんでしょ?」
蜂楽が、まっすぐ言った。
乙夜の視線が、一瞬だけ揺れる。
「……まあな」
否定はしなかった。
「約束したし」
その言葉は、さっきよりもずっと静かだった。
「世界一になったら迎えに行く、ねぇ」
玲王が興味深そうに繰り返す。
「順番逆じゃね?」
凪がぼそっと言う。
「普通は先に会いに行くでしょ」
「それじゃ意味ねぇんだよ」
乙夜は即答した。
珍しく、間を置かずに。
「は?」
烏が眉をひそめる。
乙夜は少しだけ考えてから、言葉を続ける。
「中途半端な状態で会ってもさ」
「“約束守った”って言えねぇだろ」
その言葉に、何人かが黙る。
「……ああ」
國神が小さく頷く。
「そういうことか」
「そういうこと」
乙夜は笑う。
でもその笑いは、どこか少しだけ苦い。
「でもさ」
千切が静かに言う。
「その子が待ってる保証、ないよね」
一番現実的で、一番残酷な言葉。
食堂の空気が、また一段階落ちる。
乙夜は——
今度は、ちゃんと止まった。
フォークも、言葉も。
数秒。
誰も茶化さない。
誰も口を挟まない。
そして、
「……別にいいよ」
ぽつり、と言った。
「待ってなくても」
視線は皿の上。
「俺が勝手に迎えに行くだけだから」
その言い方は、いつもの軽さに戻っているのに——
妙に、重かった。
「重すぎだろお前」
士道が笑う。
でもその笑いは、どこか楽しそうだ。
「最高じゃん」
「恋愛脳」
凛が一言で切り捨てる。
「でも」
雪宮が静かに言う。
「嫌いじゃないな」
乙夜は肩をすくめる。
「だろ?」
いつもの調子。
いつもの顔。
でも——
その奥にあるものを、何人かはちゃんと見ていた。
「なあ乙夜」
氷織がもう一度聞く。
「その潔ってさ」
「どんなやつなん?」
今度は、さっきよりも少しだけ真剣な問い。
乙夜は少し考えてから——
笑った。
「めんどくせぇやつ」
即答。
「でも」
一拍置く。
「一番、サッカー楽しそうにやるやつ」
その一言で、
なぜか全員が少しだけ納得した顔になる。
「……会ってみてぇな」
誰かが呟いた。
誰が言ったかは、もう分からない。
でも、
その空気は確かに広がった。
乙夜は立ち上がる。
トレイを持って、出口の方へ歩き出す。
「どこ行くん?」
七星が聞く。
「トレーニング」
振り返らずに答える。
「世界一になんだろ?」
軽く言う。
当たり前みたいに。
「じゃねぇと——」
少しだけ振り向いて、
ニヤッと笑う。
「迎えに行けねぇし」
その背中を、
何人かが無言で見送る。
「……あいつマジで行くな」
烏が呟く。
「行くね」
蜂楽が笑う。
「絶対行く」
國神も言う。
食堂に残った空気は、さっきまでと同じはずなのに——
どこか少しだけ違っていた。
まだ誰も知らない。
その名前が、
この場所の“中心”に立つことを。
「潔世一」
誰かが、もう一度その名前を口にした。
次に会うときは、
きっと——
“約束の続き”だ。
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