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八ッ橋は自室で不満そうにうんうんと唸り声を上げていた。
「どうして仙台先生はサーターアンダギーの素晴らしさが分からないのかしら?」
恐らく素晴らしさの問題ではないのだが、検索して知った夢のようなお菓子との出会いに水を差された事が気に入らないのである。
「大人の男性には大人の言葉しか届かないのかもしれません。ここはお父様にお願いしましょう」
八ッ橋の父親はただの金持ちではない。魔科学研究の第一人者であり、国立魔科学研究所の所長も勤めている権力者でもあるのだ。その名は【聖護院 寿甘】という。私立すあま女学院の名称は彼の功績を称えて付けられたものである。
そんな人物がすあま女学院の教諭に物申すとはなんとえげつない攻撃を考えつくお嬢様なのだろうか。実際には八ッ橋はそんな大人達の上下関係などは理解していないのだが。
「お父様、仙台先生にサーターアンダギーの素晴らしさをお教えしたいのです」
「わかった、父さんに任せておきなさい!」
この父親は、親バカだった。
次の日、学院長の部屋に呼ばれた萩乃月は、寿甘の姿を見て背筋を伸ばした。ここで働く以上、彼の機嫌を損ねる事は次の瞬間無職になる事を意味しているのである。学院長などただの飾りだ。そして昨日指導した生徒が彼の御息女だと気づいて八ッ橋の背中を見送りながら青ざめたのも記憶に新しい。
「仙台先生、サーターアンダギーはいいぞ」
「はっ、サーターアンダギー最高! サーターアンダギー万歳!!」
ちんすこうはどうした? という疑問はさておき、寿甘はそれで終わりにせずある提案をしたのだった。
「もちろんただ娘のサーターアンダギー罪をチャラにしてくれなんて言うつもりはありませんよ」
寿甘は魔科学で新しい研究をしていた。そのテストに娘の八ッ橋と友人の赤福を参加させたいというのである。要は補講という形で教育実習をさせるという事だ。これなら罰として補講を受けさせた事になり萩乃月の面目も保つ。
「寛大なお言葉、ありがとうございます!」
◇◆◇
「バーチャルリアリティー?」
赤福と八ッ橋は国立魔科学研究所に呼び出されていた。
「ああ、そうだ。君達はMMORPGという言葉を聞いた事があるかな?」
寿甘の言葉に、八ッ橋は首を傾げるが赤福は元気よく手をあげた。
「小学生の時やってた! 昔流行ってたのを再利用して一年だけ開いてたんだよね。もっとやりたかったなぁ」
二十一世紀初頭に流行っていたゲームの中でも、特に多くのプレイヤー数を誇っていた2Dのゲームが環境のテストという名目で一年間だけ復刻されていたのだ。
「そうか、あれをやっていたんだね。なら赤福ちゃんがプレイヤーだ」
実はそれも寿甘が研究の一環として実施していたものだった。
「これは当時多くの人が夢見て、結局技術的に実現しなかったゲームだ。プレイヤー自身が仮想現実のゲーム世界に入って冒険をする事になる。いわばVRMMORPGというわけだな」
実現しなかったのは単に技術的な問題だけではなかった。VRの研究が進み、世界中の人が仮想世界に入る事を期待していた時代に、重大な事件が起こった。それはフルダイブ式のVRMMOが実現しようとしていた、まさにその時である。商用化に向けた最終調整として、全世界から総勢二千万人もの参加者がVRに突入していた最中に突然原因不明の停電が起こったのだ。強制的な意識の切断によって、実に95%もの参加者が脳死状態になってしまい、残りの5%も脳に障害を持ってしまった。
それ以来、科学技術の進歩に対して人類は非常に懐疑的な態度を示すようになった。特に電源を必要とするものはいつ動かなくなるか分からないと。
「だが、魔科学は人間の精神力で動く。機械の方が突然動作を停止するという事はありえないんだ」
寿甘は魔法の力でこの問題を解決した。人類の意識も、徐々に軟化してきた。先祖達のかつての夢を実現しようと、実験に実験を重ねてきた。結果として莫大な資産と強大な権力を持つに至ったが、全ての研究はこのゲームを実現させる為に行っていたものなのだった。
「テスト段階ではプレイヤーとナビゲーターの二人一組でゲームを進めていく。八ッ橋はナビゲーターとして赤福ちゃんをサポートしてあげなさい」
「大丈夫なのですか?」
不安そうにヘッドセットを受け取る八ッ橋と対照的に赤福はワクワクしていた。早くやりたくて仕方ない様子である。
「早くやろ!」
赤福に促されて専用のリクライニングに座る二人。
「心配はいらない。父さんがずっと管理しているからね」
父親の言葉に覚悟を決め、八ッ橋はヘッドセットを装着し目を閉じる(※目で仮想空間を見るのではなく、意識が仮想世界に入る)のだった。
「そうそう、言うのを忘れていた。このゲームのタイトルは『カオスユニバース』だ」
「……えっ!?」
聞き覚えのある単語に、目を閉じてVRに突入しようとしていた赤福はパッと目を開ける。
だが、彼女の目に入ってきたのは何も無い空間だった。