テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「あれ? 何も見えないよ」
赤福の視界にはどこまでも続く闇。確かに目を開いている感覚はあるが、何も見えない。頭を下げ、自分の身体を見ようとしても何も無かった。
「お待たせいたしましたわ。まずは自分の分身となるキャラクターを作ります。今の赤福さんはキャラを作成していないので何も見えない状態なのですわ」
自分の身体そのものが無いため、見ようとしても何も無いのだ。赤福はホッとして明るい声を出した。
「なるほど! それでどうすれば良いの?」
「まずはなりたい自分を思い浮かべるのです。申し遅れましたが、私はナビゲーターを務めます、サーターアンダギーですわ」
「八ッ橋でしょ?」
「サーターアンダギー」
その言葉から確固たる意志を感じた赤福はそれ以上気にする事を止めて自分のキャラを作ることにした。
「なりたい自分……」
むむむと唸りながら自分の姿をイメージする赤福。その目の前に八ッ橋改めサーターアンダギーが姿を現した。こちらは特に元の姿と変わらない。暗闇だった周囲には無数の星が見える。宇宙空間に浮いている感覚だ。
「鏡を出しますので、ご自分の姿を確認してください」
サーターアンダギーが出した鏡に映るのは、もやもやとした何となく人型っぽい影だった。
「なにこれ! 全然出来てないよ」
「そうですわね。では先に名前を登録しましょう。赤福さんがカオスユニバースで名乗る名前はどうします?」
「ちんすこう」
「えっ?」
「ちんすこう」
「……はい。ではちんすこうさん、まずキャラクターではなくプレイヤーである赤福さんの姿を思い浮かべてください。そこから鏡を見ながら修正をしていくのです」
いきなり完成形を思い浮かべるのではなく、自分の姿を雛型として修正していく事を勧める。
「なるほど!」
納得したように言うと目を閉じ、姿を思い浮かべる赤福改めちんすこう。
(私の姿……私は……私はちんすこう……あれっ?)
目を開けると、鏡には中年男性の姿が映っていた。それはまぎれもなく私立すあま女学院の生活指導教諭、仙台萩乃月だった。
「なんで仙台先生!?」
「う~ん……おそらくですが、ちんすこうを買った時に仙台先生に指導されたので頭の中でイメージが結びついているのですわ」
「おじさんなんて嫌だから十代の女の子に変えるよ!」
何はともあれ、ちゃんとした人間の姿になったので修正は意外と簡単にできた。
「ほぼ赤福さんのままではないですか」
八ッ橋の姿のままのサーターアンダギーが言う。
「いいの! 自分なんだから」
こうして、混沌の宇宙を旅する開拓者ちんすこうが誕生した。
「わかりました。それではカオスユニバースへと赴きましょう」
サーターアンダギーが手元の端末を操作すると、ちんすこうの意識がフェードアウトしていく。
――あえて夢の中と同じ名を名乗ったちんすこうは、あれが予知夢だったのか確かめようとしていた。
全く同じ姿のサーターアンダギー、彼女達がいた場所と同じ名前のカオスユニバース。自分もちんすこうと名乗ることで、状況を再現するつもりだった。
「さあ、着きましたわ」
サーターアンダギーの声が耳に届き、ちんすこうは目を開ける。気付くと穏やかな晴れの草原に立っていた。目の前にいるサーターアンダギーは、半透明でわずかに地面から浮いている。
「なんか浮いてる!」
「ナビゲーターはプレイヤーではないのでこの世界では物質的な身体を持たないのですわ」
夢の中のサーターアンダギーは確かに肉体があって剣で斬りかかってきたはずだが……ちんすこうはいきなり出鼻を挫かれたような気分になった。
「まあいいや! それよりチュートリアルはないの?」
だが即座に気持ちを切り替え、ゲームを楽しむ事にした。うじうじ悩まないのが彼女の良いところである。
「ありませんわ」
しかしナビゲーターは容赦がなかった。