「散歩ぉ?」「うん。自然の中を思いっきり歩く。それが僕にとっての暇つぶしさ。嫌ならいいけど。」
実際、嫌ならいいとかいう言葉は飾りだろう。こういう場合
「そうですね、ストレス発散にもいいですし。」
と答えるのが模範である。視界の隅でなにかディアさんが訴えてる気がしたが気にしない。
「うん…」
星霜は立ち上がり扉の方へ向かった。
「ま、待て…」
ディアさんが少し血色の悪そうな顔で言う。
「どうしたの?」
くるりと星霜が振り向き言う。
「そ、その山って…」
「虫がいたりしないよな…?」
「ぷっ…」
あまりに真剣な顔でそれを聞くわけだから笑わざるを得ない。
すると呆れたような妙な顔で星霜は言う。
「ああ、見なきゃ見えない。何がどう生きようが勝手でしょう。ほら、行ってみなきゃ分からないから。」
そんな曖昧な答え方をしたと思えば研究室の扉のドアを開けた。
「ほら行きますよ。子供じゃあるまいし…」
俺はディアさんを抱えて研究室を出た。
「我は子供じゃないんだから抱えるなああ!」
ーーーー
チチチチ。ピィピィ…
鳥のさえずりが聞こえる。
研究院を出る。来た方向とは反対側の小道を歩く。
午前中の澄んだ空気が美味しい。
花の咲きかけている春先。海から離れているのに、ほんのり潮の香りがする。
「…今日は少し涼しいね」
星霜は話すことがないと言わんばかりに必死にしぼりだしたであろう言葉を吐く。
「そうみたいですね。」
研究院の裏にはロウニワ山という穏やかな山がある。標高こそ低いものの広く大きな山であり、いくつかの集落が麓にあると言う。
「僕は小さい頃からこの山の近くに住んでてね。よく遊んでた…」
「でも最近はもう研究院にこもりっきりで行かなくなったけど。」
星霜の顔が一瞬くもった気がした。
「今いるのは南側だけど、北側は少し険しいから通らない方がいいよ。ここでよく僕も怪我した。」
「虫も多いんだろうな!」
「はあ…」
ーーーー
それからしばらく山を登る。
整備されてない階段があって、そこをトコトコ登ると少し開けた場所に出た。枯葉が沢山落ちていて、盛り上がっているとこもある。
「ああ、ここ…」
星霜が思い出したように言う。
「僕がよく遊んでいたとこだ。鬼ごっことかしてたなあ。」
懐かしむ彼がいた。俺達にはない思い出…
「…」
俺は彼の瞳が徐々に曇っていることが分かった。何かを思い出したような…
「危ないからあんまりここで動き回らない方がいいよ。僕も沢山転んだ…」
えなんかめっちゃ怪我してない…?
「怪我多くないですか…?」
「うん、恥ずかしい話、僕運動出来ない方だから…」
「それって歳…」「ごほごほっ」
ディアさんが余計なことを言うので咳で何とかした。…多分バレてる
「頂上までいってみよう。あと少しだから…」
「おう!ほら早く、翠ー。」
もう地にも足をつけたくないと言わんばかりの顔をしているディアさんを抱えて運んでいる。実際歩いてないし…
ーーーー
今更の話だが、なんであって初めての天界人と良くものうのうと散歩ができるのだろう。いつ襲い掛かるかも分からないのに…
そういうのって分かるのか?
「あの」
俺は聞いてみる。
「どうして…その。僕たちを疑わないんですか?」
「君たちには負の感情が見られないからだよ。それに、君たちだって僕にすぐついて行くんだから、人のこと言えないんじゃない?」
負の感情…あの黒い光のこと?
「人間は誰しも少なからず負の感情を持ってる。でも君たちは比較的少ないんだ。だから大丈夫だろうと思って…」
その後少し鼻が高そうに言う。
「それと。何かあっても大丈夫だから。僕をあんまり見くびらないでね。やろうと思えばできる…多分」
カサカサと枯葉を踏みながら登る。こもれびが暖かい。
木が集まるところを抜けると少し高い所へ出た。
「こっちが南側の頂上。ここから少し歩いたら、ほらあそこ。あれは星淵天文台だよ。」
星霜は北側を指さす。確かに建物がある…
「じゃああっちはなんだ?」
ディアさんは西側を指す。遠くに小さな集落と…大きな何かが刺さっている。
「あっちは青槍村だよ。あの大きな棒は槍らしいよ、僕あんまりわかんないけど」
「でかい槍が刺さってるのか。すごい村だな…」
しばらく山頂からの景色を眺めた。海麻ヶ崎が綺麗に見える。
「天文台に行ってみる?僕の知り合いもいるんだ。それにお腹も空いただろう…」
「天文台でご飯が食べれるのか?」
「うん…まあ行かなきゃわかんない感じだから。ひとまず行こうよ…」
え、怪しくない…?
とりあえず俺はついて行った。いざとなれば俺だって戦えるし。
ーーーー
天文台の前まで来た。
人が見える。庭の花に水をやっている。
「ふんふんふーん…ん?」
ひょっと顔を上げた。
「星霜?!?!」
「な、えっと…星霜…だよね!?」
あわわっとした感じでその人は水をやっていたじょうろを落とした。
声が少し高い。女の人だ…
「ああ、ルーメ…」
そのルーメと呼ばれる人はこちらを振り向いた。
黒い髪だが少し青みがかったように見える。長い髪には少しはねた毛が見られる。瞳は赤く、燃えているように綺麗な赤だ。
久しぶり、と言いかけた星霜の真ん前には既にルーメと呼ばれるその人は居た。
「はあ…お客さんが全然最近来ないからさ!星霜…たち?が来てくれて嬉しいんだよ!!っていうかこの人たち誰?」
目をキラッキラにさせて話をとんとん進める。スピード感が半端ない。
「こっちが翠、このちび…じゃなかったこの子がディアだ。2課の新人だよ。」
「ほう…いい客だ。うん…とりあえず天文台おいで!ほら2人も早く行きましょう!」
見た目からは分からないような明るさとスピード感に俺たちはされるがまま天文台へ向かった。
つづく
最近投稿頻度落ちててすいません。頑張ります
今日でてきたキャラ
ルーメ
星淵天文台の13代目館長。と言っても1人だけど
底抜けに明るい。
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