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あのゴキブリ駆除……ではなく、魔王との戦いで、ルシンダは光の魔術に目覚めてしまった。
この事実は当時、浄化の際に発現した光の柱を目撃した者が学園の内外に多数いたため誤魔化すことはできず、すぐに王宮に知られることとなった。
そして正教会から派遣された神官によって、王宮の官吏や魔術師の立会いのもと、魔力鑑定などのさまざまな検証が行われた。その結果、ルシンダは光の魔術に目覚めた聖女であると認定されたのだった。
(原作では私はただの悪役令嬢で、光の魔術に目覚めるのはミアのはずだったのに、一体どうしてこうなっちゃったんだろう……)
認定の言葉を伝えられたときは戸惑い、自分なんかが聖女とされてしまってよいのだろうかと悩んだルシンダだったが、よくよく考えると自力で回復魔術を使えるのは大きな利点だ。通常の属性魔術に加えて、光の魔術も使えれば、王宮魔術師団にもすんなり入団できる可能性が高い。将来旅に出る時にも大いに役立つだろう。
(なんだか大魔術師って感じで格好いいかも……!)
攻撃魔術と回復魔術を自在に操る自分を想像したらテンションが上がって、ルシンダはだいぶ気持ちを持ち直した。
ちなみに、あの巨大な黒い悪魔についても調査が行われ、なぜ魔王の魂が虫の体に入ってしまったのが判明した。どうやら旧校舎に置かれた壺に入り込んで出られなくなったゴキブリが大量繁殖して共食いを始め、残った最後の一匹に呪術的な力が宿って、それに引き寄せられた魔王の魂が憑依してしまったらしい。
状況説明を受けたルシンダが、前世のファンタジー知識から「たしか、蟲毒っていうんだっけ……」とうっかり呟いたところ、実はこの国では未知の呪術だったらしく、なぜ知っているのかと一時騒然となってしまった。
まさか前世の知識ですとも言えず、「せ、聖女の力です……。遠い異国の呪術のようです」と適当に誤魔化すと、すんなり信じてくれたので、ルシンダは安心の溜め息をついた。
(「聖女」のネームバリューは凄いんだなぁ……)
今なら、前世の記憶持ちの転生者であると明かしても正気を疑われることはないかもしれない。ルシンダは一瞬そう考えたが、根掘り葉掘り尋ねられるのも面倒だし、ユージーンやミアにも迷惑をかけたくないので、やっぱり黙っておくことにした。
◇◇◇
そして、聖女の認定が下された翌日、ルシンダは国王と王妃に謁見することになった。
王宮の庭園には二度行ったことがあるが、王宮の中に入るのは初めてだ。
広々とした煌びやかな廊下を案内されて謁見の間へと入ると、久しぶりの王妃と、初めての国王が待ち構えていた。
国王はさすがこの国を統べる人なだけあって、迫力が凄い。ルシンダが少し萎縮していると、顔見知りである王妃が優しく声を掛けてくれた。
「突然のことで戸惑っているでしょうけど、国際条約で聖女の行動の自由はしっかりと保証されているのよ。だから安心してちょうだい。誰一人としてあなたを拘束することも、私欲のために光の魔術の行使を強いることもできないわ。あなたがどこで何をしたいのか、誰と共に在りたいのか。あなたの意思のままに生きていいの。この国から聖女が誕生したことを誇らしく思うけれど、その力はこの国ではなく、あなたに与えられた力。あなたの心のままに使いなさい」
前にテスト勉強で学んだとおり、どこかに閉じ込められたり、無理やり光の魔術を使わされたりということはないようで安心した。
「ありがとうございます。この力とどう向き合っていけばよいのか、まだ考えがまとまってはいないのですが、正しいことのために使うことをお約束します」
「……そなたのこれからを楽しみにしている」
最後は国王が話を締めて、謁見は終わった。
国で一番偉い人と二番目に偉い人に見下ろされて一人で会話をするなんて、ほとんど罰ゲームのようなものだった。呼吸をするだけでも緊張した。やっと謁見が済み、早く帰って部屋で休もうと思いながら、ルシンダが馬車に乗り込もうとしたそのとき。
「ルー、大丈夫だった?」
背後からユージーンの声が聞こえた。
どうやらルシンダを心配して、こっそり王宮に来てくれたらしい。
「どんな大事になるのかと思ってヒヤヒヤしたけど、意外と今まで通りに過ごせそうで安心しちゃった」
えへへと笑う楽観的なルシンダに、ユージーンが忠告する。
「まあ、建前としてはそうなんだけどね」
「え? どういうこと?」
「聖女を無理やり囲うための争いは禁じられているけれど、取り入って気に入られようというアピール合戦は許容されているということだよ」
「……?」
ルシンダはまだよく分かっていない様子だ。
「つまり、これからルーと友達や恋仲になろうと躍起になる者たちが現れるだろうから、下心を持った人物を見分けられるよう注意が必要ってこと」
「な、なるほど……」
「ルーはお人好しなところがあるから心配だよ」
「大丈夫。ちゃんと気をつけるから」
「本当に気をつけてね」
「うん」
「本当に本当だよ」
ルシンダに対して過保護すぎるユージーンは、大丈夫だと言ってもなかなか離してくれず、前世同様に指切りをして約束して、ようやく馬車に乗らせてもらえたのだった。
◇◇◇
それから数日。ユージーンの忠告を念頭に、ルシンダは一応注意をして過ごしていた。学園では同じクラスのみんなは今まで通りに接してくれたし、アーロンやレイが気を配ってくれたおかげで、他のクラスや学年の生徒たちから前よりも視線を感じるくらいで、あまり困ったことにはならなかった。
いい友達と先生に恵まれて本当によかったと、ルシンダはしみじみ感謝した。
ただその一方で、ランカスター家では少しだけ面倒なことになっていた。
ルシンダが聖女に認定されてから、今までほとんど無関心だった両親が急にルシンダと交流を持とうとしてきたのだ。
「私の娘が聖女か。これから夜会の招待が増えるだろうから、高位貴族の家門とお近づきになれるよう努力するように」
「あなたを孤児院から引き取って教育してあげたのは、私たちだということを、忘れないでちょうだいね」
両親に対しては、自分たちの都合のためとはいえ、孤児院から引き取ってくれたことには感謝している。しかし正直なところ、家族としての愛情はもちろん、親近感さえ一欠片も感じてはいないので、いきなり距離を詰めてこられようとしても戸惑うばかりだ。
彼らの張り付けたような笑顔とギラギラとした瞳には、自分への愛情ではなく、打算のようなものが見て取れた。態度からも家族というよりも主従関係のように高圧的な雰囲気を感じる。
ふと、ユージーンやミア、クリス、アーロン、ライル、レイ、サミュエルの顔が脳裏によぎった。
義理の両親のような取り繕った笑顔ではない、心からの笑顔や、温かな眼差し。
ルシンダに聖女という大層な肩書きがつく前からそうだった。
そして、義両親や他の多くの人々のように、聖女となった途端に態度を急変させることなく、以前と変わらずに接してくれる。
ルシンダには、それが何よりもありがたかったし、嬉しかった。
(みんなは、何でもないそのままの「私」を見ていてくれたんだ……)
これまで、なんとなく感じ始めていたことが、今すんなりと腑に落ちた気がした。
今までは彼らから親切にされても、前世の兄であるユージーンや同じ転生者のミア以外に対してはどこか遠慮があった。
彼らは「いい人」だから、こんな自分にも優しく接してくれるのだ。自分に価値があるわけじゃない、そう思っていた。
でも「聖女」という価値がついた今も、彼らの優しさは、態度は全く変わらない。価値の有無など関係ないのだ。彼らの優しさは本当にルシンダを想うからこそのもので、自分はそれを何の気負いもなく受け取っていいのだと思えた。
前世のときから、家族愛や友情といったものにあまり縁がなく、人間関係には自信が持てなかったが、今世では少し積極的になってみてもいいのかもしれない。……この義両親とはできるだけ距離を置きたいけれど。
ベラベラと続く義両親の話を作り笑顔で聞き流しながら、ルシンダはそんな風に思った。