「――はぁ。起きちゃった……」
目が覚めると外は暗く、部屋の中には綺麗な月明かりが射し込んでいた。
とても幻想的な光景だけど、眠れないのは困ったものだ。
いざとなれば、テレーゼさんに渡したような睡眠薬を飲む……という方法もあるけど、すぐに薬に頼るのは良くない気がする。
毎日寝付けないならともかく、今は目が1回覚めちゃっただけだからね。
部屋の時計を見てみれば、時間は2時過ぎ。早朝……にはまだ早いか。
眠れた時間も2時間ほどだから、身体の疲れはまだ残っている。
しかし、どうにも寝付けない……。
まぁまぁ、こんなときはそこら辺を歩いてみれば、何かが起こるかもしれない。
ゲームでいうところの、イベントっていうやつだね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
着替えをしてから、お屋敷と庭を歩いてみる。
途中で警備メンバーと会って少し話をするものの、特にこれといったことは起こらなかった。
……まさかのイベント不発。いや、実際はそんなものか。
「クロック」
時計の魔法を使うと、宙に現れたウィンドウは3時過ぎを示していた。
「……それなりに時間は経ったし、そろそろ眠れるかな?」
一回伸びをして、冷たい空気を思い切り吸い込んでから部屋に戻ることにする。
「――おや? アイナ様、こんな時間にどうされたのですか?」
私の部屋に入ろうとしたとき、ちょうどルークが彼の部屋から出てきた。
「イベント発生」
「え?」
「ああ、いや、こっちの話。
ちょっと眠れなくて歩いていたんだけど、ルークはどうしたの? お手洗い……じゃないよね?」
見れば、ルークはしっかりと着替えをしている。
手には剣と、何かの袋を持っているし――
「はい、修練を行おうと思いまして」
「え、これから? まだ3時過ぎだよ?」
「日中はアイナ様にお仕えするわけですから、修練は夜のうちにしようかと。
特に用事が無ければ、昼にもう少し睡眠を取りますのでご安心ください」
「うーん、それなら良いけど……。でも、しっかり寝ないとダメだからね?」
何せ、身体は資本だからね。
それに剣士は身体を使う職業だから、十分な休息を取らないといけない。
「ははは、ご心配ありがとうございます。3時間も、眠れるだけで十分ですよ」
「……ああ、例の修行中は睡眠時間も短かったんだっけ」
そういえばそんな話も聞いていた。
私だったらその反動で、帰ってきたら何日か寝ちゃいそうなものだけど……。
「それでは私は行きますね。また朝に――」
「あ、待って。ちょっと見学しても良い?」
どんな修練をするのか、何とも興味が湧いてきた。
夜中の特訓! 言葉の響きが、無駄にイメージを膨らませているのかもしれない。
「別に構いませんが……傍から見ていても、つまらないと思いますよ?」
「大丈夫、大丈夫。飽きたらさっさと戻るから」
「分かりました。戻る際はお声掛けは不要ですので、ご自由にお戻りください」
「うん、ありがとね!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ふわぁ……」
飽きた。
……というか、見るものが無い。
私の口からは、自然とあくびが出てきてしまった。今なら速攻で眠れそうだ。
ルークは裏庭までいくと、その中央に座って瞑想を始めた。
そして今、それから30分ほどが経過したところだった。
……うーん? 何だかイメージしていたのとずいぶん違うぞ……?
少なくてもこう、剣を振ったりはすると思ったんだけど――まさか座っているだけだとは。
やることも無いし、見るものも無い。
通り掛かった警備メンバーに軽く説明するくらいはしたけど、むしろそれだけしかしていない。
ずっと瞑想ってわけでも無いとは思う……ものの、そろそろ戻ろうかな……。
「――アイナ様」
「えっ?」
「まだお戻りにならないようでしたら、少し手伝いをして頂けますか?」
ちょうど戻ろうと思ったばかりだけど、進展があるならもう少し見学していこう。
「うん、大丈夫。何をすれば良いの?」
「これを、私に向かって投げて頂けますか?」
そう言いながら、ルークは袋を渡してきた。
中を見てみると、野球のボールくらいの玉が5個ほど入っている。
「結構固い玉だね。当たっても平気?」
「はい、遠慮なく投げ付けてください。私はそれを避けますので、ご心配は無用です」
そう言うと、ルークは先ほどと同じ場所に戻って、また瞑想を始めた。
「……んん? ごめーん、瞑想中に投げて良いの?」
「はい。集中しながらも、周囲に注意を払う修練……そんな風に考えて頂ければ」
「なるほど」
それは集中しているのかしていないのかよく分からない状態だけど、あのお師匠さんから教わったものなら、何でもありな気がしてきた。
しかし、ただ単純に避けられてしまうのも悔しい。ここは1回くらい、当てることを目指してみよう。
始まってすぐに投げるのも捻りが無いと思ったので、5分ほど時間を空けてから投げてみることにした。
もしかして、周りの空気の動きなんかを読み取っちゃうのかな……?
そんなことを考えながら、ゆっくりゆっくりと準備を進めていく。
――よし、今だ!!
私は猛然と振りかぶり、ルークに玉を思い切り投げ付けた!!
……のだが、玉はのったりとしたスピードでルークの横を飛んでいった……。
ノーコンである。
もう2回ほど投げてみたが、どうにもルークに当てることは出来なかった。
しかし、玉はまだ2つある!
改めて、全力で投げるッ!!
……そうして放たれた玉は、今度はルークの遥か上を飛んでいった。
ノーコンの次は大暴投――
――パシッ
「おぉ!?」
小気味良い音がした方を見てみれば、ルークが跳び上がって、その玉をキャッチしていた。
……んん? 助走もしないで、あんなにも跳べるものなの?
垂直跳びをすれば、何かしらの記録が出てしまいそうな高さだ。
「ルーク、凄いね! あんなに跳べるんだ?」
「ありがとうございます。意識を集中させて、身体のリミッターを外すというか……そんな感じの技術です。
ところでアイナ様、玉は私に当てて頂けませんと……」
「ご、ごめん。一応、狙ってるつもりなんだけど……」
お互い、申し訳なさそうに言い合う。
「そうでしたか、失礼しました……。
てっきりこう、わざと当てないで集中力を乱す作戦なのかな……と思いまして」
「それは高度な作戦だね!
……でも避ける修練だし、跳んでキャッチさせるのも申し訳ない……」
「当てられることが前提でしたから、ある意味では集中力は乱されましたね。
師匠は弾丸のようなスピードで、確実に頭を狙ってきましたので……それとは全然、違うなと」
「……ルーク、よく生きて帰ったね……」
「ははは、私も信じられません」
そう笑い合ったあと、これ以上いても邪魔になりそうだったので、私は部屋に戻ることにした。
今後も同じ時間帯に修練したいという話だったから、使用人のみんなにも共有しておかないとね。
真夜中に突然、誰かが裏庭で座り込んでいたら……やっぱり怖いものだし。
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