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「そうさ。だから東堂家に乗り込んだのも、命の恩人が東堂ウミか確認したい。その他のことも聞きたいが、求婚を隠れ蓑にして、本当の恩人を探ってくるって飛び出して行ったんだよ」
「まるで……獲物を狙う|鯱《シャチ》のようです! 蒼波様は氷のような冷静さと、心に熱い情熱を持ったお方、むぐっ」
突然私の口元に蒼波様の手が伸びてきて、言葉が詰まった。
蒼波様を見ると困ったような、もどかしいような顔をされていた。
「真那がド純真なのは分かったからっ。それ以上はやめてくれ。誉め殺しと羞恥で身悶えしてしまいそうだ」
「むうっ」
(私は思った通りのことを言っただけです! 私がド純真とはどう言うことでしょうか?)
言いたい言葉もやはり口を閉ざされてしまって、「むぐ、むぐっ」としか言えなかった。
ほんのちょっぴり、抗議の視線を蒼波様に送ると蒼波様は凛々しい眉毛を少しだけ下げた。
「と、とにかくだ。俺は単身、東堂家に乗り込んだ。するとすぐに目の前に弟らしい人物がいきなり現れた。しかも生前元気な姿のままだった。ひょっとして火事に巻き込まれず、陸はどこかで生きていた。元気になって、また俺の前に出て来てくれたのかと思ったんだ」
ふと、蒼波様は寂しげに笑ったまま喋った。
「そんなのは都合がよすぎるとは思っていても、弟が森へと走り出したので夢中で追っかけてしまった。東堂凪の結婚式のことなんか、とっくの昔に忘れてしまっていた。弟らしき人物は、森の中へと、どんどんと進むから俺も追って行って──」
蒼波様の声は何故か小さくなっていき、ゆっくりと私の口を塞いでいた手が離れた。
するとクリス様が立ち上がり、グッと背伸びをしてから「そうやって、チヒロは単身で乗り込んでね」と、言いながらテキパキとお重を片付けていく。
私と蒼波様も手伝いながら、クリス様の話を聞く。
「それから、チヒロは気がつけば森で迷子。虚を突かれて、リクそっくりの者にざっくりと袈裟斬りをされてしまった、と言う訳さ」
あははと軽く笑うクリス様の口調は、笑い話しに昇華させていると感じた。
過去のことだと咎める気はないが、赤い瞳は蒼波様をじっと見つめていたから『釘は刺したぞ』と、やんわりと嗜めていると思った。
「一人で行ったのは失態だった。分かっている。もうしない」
ふうっと蒼波様が頭を垂れるが、これでやっと私が、あの森で蒼波様と出会った理由を把握した。
蒼波様が『死ねない』と言った言葉の重さが今更胸に染みる。
蒼波様の言った通り、森で出会った陸君は偽物だろう。
いくら蒼波様に隙があろうとも、少年が肺に達するまでの袈裟斬りをするなんて、腕力的に無理がある。
そっと私と蒼波様の出会いを思いだせば、血と白檀の香り。森と土の匂いが思い起こされる。
今でも記憶に残る、蒼波様の赤に彩られた美貌。
黒の軍服と赤い血潮の色彩。
──そして口付け。
いくつもの記憶が頭を駆け抜ける。
そこにどんな想いで蒼波様が森に来ていたのかを知り、胸に切なさが満ちてしまう前に、私もすっと立ち上がった。
切なさごと片付けるように、お重の風呂敷をキュッと結ぶ。
ふと空を見上げれば月は頭上高く、白くキラキラと輝いている。
夜空は色が深まって黒海のようだ。
とても美しい。
あの森で私と蒼波様と出会ったとき、月と空なんか見ている暇はなかった。
「石田医師、東堂家の関与。謎の治療行為に陸君の偽物……」
小さく独言を言いながら、お重から手を離す。
どれも一つでも頭が痛い問題だと思うが、俯いていても仕方ない。
こうして顔を上げれば、夜でもこのように美しい夜が頭上に広がっている。
きっと蒼波様と出会った夜も、このように美しい夜空が広がっていたのだろうと、思い耽ってしまう前に気持ちを吐き出した。
「そして──蒼波様は私と出逢われたのですね」
クリス様と蒼波様は深く頷いた。
「私達が気を失ったあと、蒼波家の方々が来たというのはクリス様が、蒼波様捜索の手配などをしていたからですか?」
「そう。東堂家の森で過激な|無政府主義者《アナーキスト》が政府に謀反を起こすために、決起集会しているらしいとか、テキトーな理由を付けて乗り込んでチヒロを回収したって訳さ」
ニヤリと笑うクリス様。
私も笑ってしまう。
「まぁ。さすがです」
きっとクリス様や部下の方たちも大変だったとは思うが、クリス様の軽やかな口調に同調してしまった。
「あとはマナが知る通りだよ。ホント、マナが居なかったら、チヒロは今ごろどうなっていたことか」
「それは俺が一番よく骨身に染みている。真那は俺の命の恩人だ。だからその恩に報いる為にも、真那を妻にと俺は望んだ」
ハッキリと照れもなく断言する蒼波様に、胸が甘く疼いた。その甘い疼きに酔いしれたい気持ちになるが、手を握り締めて踏みとどまった。
「では、お二人が知らない……森で私が何故いたか。その理由を話しても良いですか?」
コメント
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猫とろさん、第39話読みました! 蒼波様が単身東堂家に乗り込んだ真相、そして「命の恩人を探すため」という言葉にようやく繋がって、胸が熱くなりました。クリス様の軽やかなツッコミに和みつつ、蒼波様が「失態だ」と素直に認めるシーンに大人の男らしさを感じます。真那さんの「出逢われたのですね」という台詞がとても優しくて、森の美しい夜の景色と重なりました。次が気になります!