テラーノベル
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一週間後、仕事を終えて帰ってくると、玄関の前に白い箱が置いてあった。小さめの段ボール。いつも頼むネットスーパーの箱よりも、ずっと綺麗で厚みがある。表面がツルツルしていて、照明を反射してまぶしいくらいだった。
「……え? 何これ」
何か買った記憶はなく、思わず声が出た。
宛名のラベルを見ると、そこには自分の名前が書いてある。差出人は『食材定期モニターキャンペーン事務局』。……身に覚えはない。
よく見ると、細いフォントで宛名のすぐ下に『おめでとうございます!』と小さく印刷されている。
懸賞か――! と気付いた瞬間、少し笑ってしまった。
「すごっ……ほんとに当たるんだ」
部屋に入って靴を脱ぎ、箱を玄関の床に置く。特に通知はスマホに届かなかったが、配達員さんが置いていってくれたのだろうか。思い返せば、最近は置き配が多い。呼び鈴を押されても仕事中で出られないことも多いし、特におかしいことではない。
それでも、なんとなく『誰かがここまで入ってきた』感覚がして、少しだけ背筋が伸びた。
テープの端を指で探し、ハサミを入れる。粘着は強すぎず、スッと刃が通る。中から冷たい空気がふわっと出て、顔に当たった。
「冷蔵モノか……」
箱の中は白い薄紙に包まれていて、その上に封筒が一枚。印刷された黒い文字が規則正しく並んでいる。
「おめでとうございます! 『食材定期モニターキャンペーン』にご当選されました。今回お届けするのは、特選ハンバーグ用挽肉です。肉の旨味を活かすため、ぜひシンプルな味付けでお楽しみください」
声に出して読んでみる。良いものが当たった。
更にその下には『※中心まで十分に火を通してお召し上がりください』と小さく書かれていた。
「『特選ハンバーグ用挽肉』……? あれっ、もしかしてまたハンバーグになるの?」
先週自分で作ったばかりだったので、ちょっと笑ってしまう。そういう意味では、偶然にしては出来過ぎている。
箱の中に、銀色の真空パックが三セット入っていた。取り出すと、金属みたいに冷たい。表面に少しだけ水滴がついていて、光が反射してキラキラしている。
「すご。何だかちゃんとしたやつ」
ラベルには細い文字で、いかにも高級そうな雰囲気で書かれていた。
*****
特選ハンバーグ用挽肉(冷蔵)
内容量:150g×3
賞味期限:記載なし
保管方法:10℃以下
製造者:――
*****
製造者は印字が掠れて読めなかったが、別に問題はない。裏返すと、小さなバーコードと一緒に『00482181』と数字が印字されている。
見たことのない並び。懸賞の管理番号かなと思い、そのままスルーした。
箱の中の少し甘いような、木屑の匂いに近い香りが鼻をくすぐる。
今のところ、肉の生臭さは全くなく、むしろハンバーグを焼く前の香ばしさに似ている。……気のせいだろうが、何だか楽しい。思わず鼻を近づけて深呼吸した。
「んー……いい匂い」
急に指先が少しぬるっとして、慌ててタオルで拭く。水滴のせいだろうが、温度のせいか、普通の冷蔵肉よりも体温に馴染む感じがした。
「これでハンバーグ作ったら、絶対美味しいよね」
独り言をこぼして、封筒の中をもう一度確認する。すると、A4のアンケート用紙が一枚入っていた。よくある質問が並んでいる。
*****
・今回の食材の味はいかがでしたか? (とても良い/良い/普通/もう少し改善してほしい/不明)
・食感や香りについて気づいた点をお聞かせください。(自由記述)
・おすすめの調理法やアレンジがあればご記入ください。(自由記述)
・次回の配送で希望する食材・部位などがありましたらご記入ください。(自由記述)
*****
下の方にQRコードが印刷されていて、スマホからも回答できるらしい。裏返すと、下の端に薄いインクで何か書かれていた。
『身に覚えはありませんか?』
最初は、印刷ミスかと思った。文字の色が他と違う気がする。
「……何だろ、これ」
思わず読み上げてから、くすっと笑った。もしかしたら、エコの一環でチラシの裏紙を使ったのかもしれない。
箱の底を調べると、もう一枚、小さなカードが貼られていた。
『※本キャンペーンは、今後も毎月お届けいたします。詳細はQRコードよりご確認ください』
「え、定期なの?」
首を傾げる。そんな大きな懸賞に、登録した覚えはない。それに、モニター登録をした記憶もない。
「あー……まあいっか。どうせ無料だし」
独り言を言って、カードを封筒に戻した。
パックを持ち上げると、やっぱり少し重い。両手で包み込むようにすると、指の腹にひんやりした感触が伝わる。長く触っていると、手の中でじわっと温まる気がする。まるで、触られたほうが熱を返してくるみたいに。
「……私詩人になれるかもしれない」
笑いながら、冷蔵庫のドアを開けた。中はほとんど空だ。野菜室には玉ねぎがひとつと、半分残ったキャベツ。上の棚にパックを置くと、銀色の反射が冷蔵庫の壁を照らした。
「せっかくだし、またハンバーグ作ろっかな」
口にした瞬間、自分でもおかしくて笑った。どれだけハンバーグが好きなのだろう。
空いた箱をたたもうとして、やめた。紙が厚くて、表面が綺麗だし、何かに使えるかもしれない。中も汚れていない。
部屋の隅に立てかけると、照明の光を反射して、ほんの少しだけ部屋が明るくなった気がした。
「あれ、いい感じ」
手を洗うと、指先に冷たさが残っている。念のためもう一度洗って、タオルで拭く。それでも、皮膚の下が少しじんじんするような気がした。
「冷たかったからね」
そう言いながら、冷蔵庫のほうをちらりと見る。
モーターの音が低く唸り、その後すぐ静かになった。次の瞬間、耳の奥でじゅうっという音がした気がした。
……ほんの一瞬。
油が跳ねるような短い音。
「……お腹空いたのかな」
照明を落とすと、冷蔵庫の中のパックが光を反射して、薄く白く光っていた。何だか、それを見ていると安心する気がして、私はそのまま、ソファに腰を下ろした。
コメント
1件
ああ、もう日常の中にじわじわと違和感が忍び込んでくる感じ、すごく好きです。箱の中の「いい匂い」に鼻を近づけたり、冷蔵庫のほうをちらりと見る仕草とか、主人公の行動がとても自然で、だからこそラストの「じゅうっ」という短い音が不気味に響きました。読み終わった後、自分の冷蔵庫を確認したくなります……続きが気になります!
#コメディ
宇津Q
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