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「緯度と経度と分かったとしても、具体的な場所の見当も付かないでござるな…… コユキ殿如何(いかが)でござる? 確か地理も良く出来ていたと記憶しているのでござるが……」
善悪の問い掛けにコユキは困惑気味に答える。
「確かに地理が苦手だった訳じゃ無いですけど、流石に緯度と経度だけでそれがどこだ、とかは分かんないですね、精々富士山頂が北緯35度21分、東経138度43分だとか、サグラダ・ファミリアが北緯41度24分、東経2度10分とか、有名な所だけですよ。 あと沼津の我入道(がにゅうどう)辺りが北緯35度07分88.6秒、東経138度85分87.4秒だったな、位しか分からないです……」
そりゃそうだろう。
というかなんで我入道(がにゅうどう)? 地名にしては響き恐くね?
申し訳なさそうなコユキだったが、善悪は何か思い付いたようで声を高めて言った。
「あー、社会の立花先生なら分かるかも知れ無いでござるな、立花先生の連絡先って卒アルに乗っていたであろうか?」
コユキが答えて言う。
「んー確か、教職員とか学校職員は名前だけしか乗っていなかったと思います…… 立花先生って…… 水泳部の顧問でしたっけ?」
善悪も昔の事を思い出しながら、
「んー? 確かそれは数学の橘先生の方でござろ? 立花先生は、えーと…… 確か…… そうだ! 確か、女バスでござるよ! そうであろ?」
「あーそうそう! クラスの渡辺さんが良く『雌ゴリラ』とか言ってたわー! あの子女子バスケ部だったし、うん、間違い無いわ」
「ああ、渡辺さんでござるな、うんうん、で、渡辺さんの連絡先は分かるでござるか?」
「…………ううん、正直話した事も…… あんまり、ってか無い……」
虎の尾を踏んでしまった善悪は口を噤(つぐ)んで考える事にした。
ここで下手に会話を続ければ、必ずあのクエスチョンが来る事は容易に想像できた、『善悪は?』と。
聞かれたく無い、何故なら中学時代に会話した事があるのは、教師達とコユキしかいないと言っても過言では無い。
後は、近所の檀家さんと、コンビニの店員さん、家族と、それ以外ではコユキの妹達くらい……
っ!
「あれは? リョーコちゃんやリエちゃんは、僕ちんらと違って友達多かったでござろ? 女バスの友達とかいないでござるか?」
「おお、閣下、いや、善悪冴えてるわね! たしかリョウコの友達のチサトって子が女バスだわ、今年のゴールデンウィークも二家族で、グランピング? とかに出掛けていたわよ!」
「ほおぉ、流石にリア充でござるな! 緊急事態発令中にお出掛けとはいい御身分でござる! んでチサト殿の連絡先は分かるのでござるか?」
「……ネェ……」
「アタシが直接知っている訳じゃないけど、リョウコに聞けば、って今は無理か…… あ、でもリョウコの携帯見れば、番号くらい、あっ! ……」
「どうしたでござる? ゴールに近付いているではござらぬか? ん? んん?」
コユキは申し分けなさそうに|俯《うつむ》いたまま言った。
「スマホ…… ロック掛かっていたんだった…… ごめん……」
「ええぇーっ! あれは? あの指紋認証とか? まだリョーコちゃんの指あるのでござろ? 当ててみたでござるかー?」
「やってみた…… 全員…… 想定済みだったのかな? 一人も解除出来なかった…… エヘヘ……」
「……チョット……」
「ふうぅ~っ! 一からやり直しでござるかー!」
「そうね、振り出しに戻っちゃったねー」
「オイ!」
ちょいちょい口を挟んでいたオルクスを諭すように善悪が言った。
「オルクス君、今チョット大事な話をしているのでござる、少し良い子にして待っているのでござるよ」
コユキもちょっと厳し目の表情を浮かべ、メっとやっている。
対してオルクス君は心底呆れた様子で、
「……ググレヨ……」
「「なるほど」」
その後、善悪のパソコンでググった所、座標は三重県松阪市の、とある畜産農家さんの牛舎である事が判明したのであった。
その日は、翌朝早くに、コユキが一人で松阪に向かう事が決定してお開きとなるのであった。
善悪が心配そうな顔で付いて行くと粘っていたのだが、オルクスの強い主張によりお留守番を受け入れたのである。
明けて、朝七時三十分。
善悪はコユキを最寄の東海道新幹線の停車駅、掛川駅へと送り届け、幸福寺へと帰りついた所であった。
一晩明けて、コユキの症状も少し回復に向かっているようであった、とは言え書き換えられた記憶だけは元に戻る可能性は、ほぼゼロであったが……
そこは、長い年月を掛けて補完したり、誤魔化し誤魔化しやって行くしか無いのである。
善悪もそのつもりで覚悟を決めていた。
今日のコユキは普段と違う所がある。
戦いになるのだから当たり前だと思うだろうが、そこでは無い。
今日は一人でのお出掛けと言う事で、お金をたっぷり持たされて送り出されたのである。
勿論善悪は往復のこだま自由席チケットを渡してあるので、基本的に食費、又は宿泊費に当てる為である。
脚気(かっけ)の事を考慮して、善悪は何度も栄養価の高い物を食べる様に、念を押していたし、出発時に幕の内弁当五つを渡してあるので大丈夫だとは思う。
使い切って良いからね、と言って渡した金額は十万を越えていた。
昨夜、粘りも虚しく、コユキ一人旅が決定してしまった時、近くに置いてあったお布施の文字も美しい熨斗(のし)袋を、水引ごと引き千切って中身をコユキに持たせたのであった。
――――果たして十万円で足りるだろうか? ……飢えることが無ければ良いが……
どこのアフリカ象だよ、って話しだ。
愛は盲目と言う事だろうか?
勿論、お留守番とは言っても、何もしないでボーッとして居ろと言われた訳では無い。
今日の彼には、特に二つの重要な任務が、一つはコユキから、もう一つはオルクスから依頼されていたのだ。
車を降りた善悪は庫裏(くり)へと入って行き、早速最初のクエストに取り組む事とした。