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世界が、音を立てずに歪んだ。
ノアが森を抜けたとき、
夜の空はすでに“星空”ではなかった。
星々は配置を変え、
まるで巨大な歯車のように回転している。
――運命が、回り始めている。
「……管理者……」
その名を口にした瞬間、
空気がぴたりと止まった。
現れたのは、三人。
人の姿をしているが、
“人間ではない”と直感でわかる存在。
彼らは地面に影を落とさない。
一人は白い外套をまとい、
目元を覆う仮面をつけている。
一人は長い黒髪を垂らし、
胸元に星の紋章を刻んでいる。
そして最後の一人――
背に、光で編まれた翼を持つ者。
「ノア・レインフェル」
仮面の者が名を呼ぶ。
その声は感情を持たず、
“記録を読み上げる音”に近かった。
「あなたは現在、
《分岐点適合者》として確定観測されています」
「……確定……?」
ノアは唇を噛む。
「拒否権は?」
黒髪の女が、静かに答えた。
「ないわ」
あまりにも即答だった。
「あなたが生まれた瞬間から、
刻印が発現した時点で、
すでに選択肢は存在していない」
背中の翼が、わずかに揺れる。
「ただし――
“どう壊すか”は、あなたに委ねられている」
ノアの胸の刻印が、
まるで反論するように熱を帯びた。
「……壊す前提なのかよ」
仮面の者が首を傾げる。
「世界は、いずれ必ず壊れる」
「あなたが選ばれなければ、
別の《適合者》が選ばれるだけ」
「だが今回は――」
翼の者が、ノアを見据える。
「最も純度の高い血が、
あなたに宿っていた」
ノアの脳裏に、
“前任者”の言葉が蘇る。
――星に拒まれた血。
「……それで?
俺に何をしろって?」
黒髪の女が一歩近づく。
「運命に“従って”ほしい」
「星の循環を正し、
世界を予定通り終わらせる」
「その代わり――」
彼女の声が、ほんの一瞬だけ柔らぐ。
「あなた個人の“喪失”は、最小限に抑えられる」
ノアは、思わず笑った。
「……随分、親切だな」
「前任者にも、同じことを言ったの?」
黒髪の女の目が、わずかに伏せられた。
それが答えだった。
「もし、断ったら?」
ノアの問いに、
翼の者が答える。
「あなたは“異物”になる」
「管理者に追われ、
世界から拒絶され、
やがて――」
「あなた自身が、
災厄と呼ばれる」
ノアの心臓が、重く沈む。
それでも。
「……それでも、
俺が“選ばない”って言ったら?」
沈黙。
星が、一段階だけ強く瞬いた。
仮面の者が告げる。
「あなたはすでに、
“選ばれている”」
「選ばれた者に、
選ばないという選択は存在しない」
その言葉は、
判決だった。
その瞬間――
ノアの背後で、空間が裂けた。
赤い影。
見覚えのある、
“失敗作”の気配。
「……来ると思ったよ」
低い声が響く。
青年――前任者が、
管理者たちの前に姿を現した。
「まだ“選択”の話をしてるのか」
仮面の者が即座に反応する。
「干渉は禁止されている」
「禁止?」
青年は嗤った。
「禁止されてるのは、
“成功例”だけだろ」
翼の者が一歩踏み出す。
「あなたは、もう役目を終えている」
「そうだな」
青年はノアを見る。
「だが、彼は“これから”だ」
そして、はっきりと言った。
「ノア。
こいつらは嘘をついている」
黒髪の女の表情が、
初めて強張る。
「運命に従っても、
失うものは最小限じゃない」
「世界は壊れ、
おまえは――」
青年の声が、低く沈む。
「独りになる」
ノアの刻印が、
強烈に脈打った。
――孤独。
その言葉が、
胸の奥に深く刺さる。
「それでも、
世界は“正しい終わり”を迎える」
翼の者が言う。
「それが、運命だ」
青年は、ゆっくり首を振った。
「運命なんて言葉で、
責任を押し付けるな」
「選ぶのは――」
彼はノアの肩に手を置いた。
「こいつ自身だ」
空が、悲鳴を上げた。
星環が急速に回転し、
世界が分岐点へと押し出される。
仮面の者が告げる。
「決断の時です、ノア・レインフェル」
「運命に従い、
世界を“予定通り”終わらせるか」
「それとも――」
黒髪の女が続ける。
「運命を拒み、
世界ごと、あなた自身を歪めるか」
ノアは、目を閉じた。
胸の刻印が、
まるで“声”を持ったかのように囁く。
――逃げられない
――選べ
――おまえの夜を
彼は、ゆっくりと目を開く。
「……選択肢が二つしかないなら」
静かな声だった。
だが、確かに届いた。
「俺は――
どちらも、受け取らない」
管理者たちの目が、見開かれる。
青年が、初めて驚いた表情を見せた。
「ノア……?」
ノアは、刻印に手を当てる。
「運命に従わない。
でも、世界も壊さない」
「そんな未来が存在しないなら――」
彼は、夜空を睨みつけた。
「存在するまで、抗う」
星が、悲鳴を上げた。
運命の歯車が、
初めて“軋み”を上げる。
こうして――
ノアは分岐点に立った。
選ばれた者としてではなく、
選び続ける者として。