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運命が、追ってくる。
それは比喩ではなかった。
ノアが分岐点を越えた瞬間、
世界そのものが彼を“対象”として認識し始めたのだ。
森を抜け、廃都へ向かう途中、
夜空に浮かぶ星々は明らかに狂っていた。
昨日まで存在しなかった星が瞬き、
あるはずの星が、何の前触れもなく消える。
星図が、書き換えられている。
――いや。
書き換えようとして、失敗している。
「……俺のせいか」
ノアの胸の刻印が、
低く、不快な熱を帯びていた。
まるで世界の圧力が、
直接皮膚を通して流れ込んでくるようだ。
「正確には、“せい”じゃない」
背後から声がした。
前任者――
かつて《適合者》と呼ばれ、
失敗作として廃棄された青年。
彼は廃屋の壁にもたれ、
夜空を見上げていた。
「世界が初めて、
“拒否された”だけだ」
ノアは足を止める。
「……それ、
あんたも通った道?」
青年は、答えなかった。
代わりに、
自分の左胸に触れる。
そこには、ノアとよく似た刻印――
だが半分が崩れ、
黒く焦げ付いた痕が残っている。
「途中まではな」
その声は、
悔恨と諦念が混じっていた。
廃都は、死んでいた。
かつて王都だったその場所は、
建物の形を保ったまま、
すべての“意味”を失っている。
鐘楼は鳴らず、
道標は行き先を示さない。
「ここは……」
ノアが呟く。
「分岐点の“失敗例”だ」
青年が答える。
「かつて別の適合者が、
世界を壊さず、従いもせず、
中途半端に逃げた」
「結果――」
彼は、崩れた王城を指差した。
「世界は終わらず、
救われもしなかった」
ノアの喉が、乾く。
「……生きてる人間は?」
「ほぼいない」
「残ったのは、
“運命に置き去りにされた存在”だけだ」
その言葉通り、
街の影から“何か”が覗いていた。
人の形をしているが、
目が、星のように光っている。
「観測者……?」
ノアが息を呑む。
青年が頷いた。
「管理者の末端だ。
完全な存在じゃない」
「おまえを“測る”ために来た」
空気が、震えた。
次の瞬間、
街全体に“視線”が走る。
見られている。
数え切れない目が、
同時にノアへと向けられた。
《対象確認》
《歪度上昇》
《排除段階へ移行》
無数の声が、
頭の内側に直接響く。
「来るぞ!」
青年が叫ぶ。
影が、動いた。
建物の影から、
人型の存在が次々と現れる。
だが彼らは歩かない。
空間を“滑る”ように近づき、
触れた場所から、
色と温度を奪っていく。
「触られるな!」
青年が前に出る。
彼の刻印が、
赤黒く輝いた。
「俺が引きつける!」
「待て!」
ノアが叫ぶより早く、
青年は影の群れへ飛び込んだ。
刻印が、暴走する。
空気が歪み、
衝突音も悲鳴もないまま、
影が引き裂かれていく。
だが――
「……っ!」
青年の動きが鈍る。
刻印が、
再び崩れ始めていた。
「限界……?」
ノアは、
自分の胸の刻印に手を当てる。
熱い。
だがそれは、
破壊衝動ではなかった。
――選べ
――進め
――逃げるな
「……わかった」
ノアは、前に出た。
影の視線が、
一斉に彼へ集中する。
その瞬間。
ノアの刻印が、
初めて“形”を変えた。
光でも闇でもない、
歪んだ色。
星図に存在しない、
“未定義”の輝き。
影が、後退する。
《観測不能》
《規定外反応》
《再計測――》
ノアは、
自分でも驚くほど静かに言った。
「俺は、
運命に従わない」
「でも――」
一歩、踏み出す。
「奪われる気もない」
刻印から、
波のような力が広がった。
影たちは悲鳴すら上げず、
霧のように消えていく。
街に、
一瞬だけ“静寂”が戻った。
青年は、
膝をついていた。
「……やったな」
かすれた笑み。
「おまえ、
俺よりタチ悪い」
ノアは駆け寄る。
「無茶するな!」
「無茶してるのは、
おまえの方だ」
青年は空を見上げる。
「今ので、
完全に目を付けられた」
ノアも空を見る。
星々が、
明らかにこちらへ“寄って”いる。
「管理者は、
もう対話をやめる」
青年の声が低くなる。
「次は――
本気で潰しに来る」
ノアは、拳を握る。
「……それでも?」
青年は、答えた。
「それでも、
もう戻れない」
「おまえは今、
“運命を壊せる可能性”として
認識された」
彼は、
ノアをまっすぐ見た。
「それが、
一番残酷な立場だ」
ノアの胸の刻印が、
再び脈打つ。
――進め
――止まるな
――夜を越えろ
彼は、静かに頷いた。
「……だったら、
最後まで行く」
夜空の星が、
一つ、音もなく砕けた。
運命は、
すでに後戻りできない地点へ
踏み込んでいた。