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#BL
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
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そんな甘くも苦しい停滞が続いていた、ある日の午後のこと。
テレビが大好きで、朝ドラからバラエティ番組まで毎日熱心に眺めていた真理子が、ふとリモコンを握りしめたまま、彫像のようにピタリと動きを止めていることに気付いた。
「……母さん? どうしたの、テレビ点けないの?」
声をかけると、真理子は困惑したように眉を下げ、手元の黒いプラスチックの塊を不思議そうに見つめた。
「柊吾……これ、どうやって点けるのかしら。ボタンがいっぱいあって、急に分からなくなっちゃったの」
「え……?」
赤い電源ボタンは、いつも通りそこにある。真理子が毎日、何も考えずに無意識で押し続けていたはずの場所だ。
柊吾が代わりにボタンを押して画面を点けてやっても、映し出される映像に母が興味を示すことはない。大好きだったはずのドラマの最中だというのに、虚ろな目で画面を素通りし、やがて「もういいわ、何だか疲れちゃった」と力なく寝室へ引き上げてしまう。
翌日も、その翌日も、真理子が自分からテレビを見ることはなかった。リモコンの操作という「日常の当たり前」だった動作が、彼女の記憶から音もなく、静かにこぼれ落ちていくように感じた。
(もしかして、またわからなくなっちゃったのかな……)
今までも少しずつ出来ることが減って来ていた。 とうとう大好きだったテレビにまで興味を無くしてしまったのかと思うと底知れない恐怖と不安に押し潰されそうになる。
その夜、柊吾は夕食作りに来てくれた瑞樹へ縋るような思いで出来事を打ち明けることにした。
「……そうですか。リモコンの使い方が分からなくなるのは、高次脳機能障害や失認の一種かもしれませんね」
瑞樹は真剣な表情で柊吾の言葉を受け止め、包み込むような静かな声で告げた。
「認知症は完治する病気ではないですし、薬があると言っても進行を遅らせるくらいの効果しかありません。 真理子さんも少しずつ、病状が進行しているんだと思います」
「そう。……ですよね。覚悟はずっとしてるつもりなんです。でも、やっぱり間近で感じちゃうのは辛い……」
「柊吾さん、どうか一人で抱え込まないでください。……大丈夫。俺がついていますから」
瑞樹の大きな温かい手が、そっと柊吾の肩に置かれる。
介護士としての冷静な分析と、恋人としての優しい体温。その両方に救われながらも、柊吾は母の「忘却」が着実に加速していく現実の恐ろしさに、身体をすくませるしかなかった。
「ところで、柊吾さん。来週、近くの河川敷で夏祭りがあるんです」
重くなった空気を払うように、瑞樹が話題を変えて穏やかに切り出した。
「大きな花火も上がるそうですよ。……一緒に行きませんか?」
「え……でも、母さんがいるし、夜に出かけるのはさすがに……」
「だからこそ、ショートステイを利用してみる良い機会じゃないですか」
瑞樹の提案に、柊吾は思わず息を呑んだ。
「一晩だけ、お試しで施設に預けてみるんです。真理子さんにとっても、今後さらに病状が進行したときのために、家以外の場所で過ごす練習になりますし……何より、俺が柊吾さんと二人きりで、ゆっくり花火を見たいんです」
「……っ」
瑞樹の真っ直ぐで揺るぎない瞳に見つめられ、柊吾の胸がどくりと大きく跳ねた。
認知症の母を置いて自分だけ楽しむことへの、強い罪悪感。
けれどそれ以上に、瑞樹と二人きりで、誰の目も気にせず過ごしたいという、抑えきれないほど強烈な欲求。
「……分かりました。……お願いします」
葛藤の末に絞り出すように答えた柊吾の手を、瑞樹は愛おしそうに、そして逃がさないように力強く握りしめた。
コメント
3件
さっきからニヤケが止まらない!!なんでこんな暗い雰囲気を飛ばせるんですか!?その技術、欲しすぎる!!(。>﹏<。)
うわあ……真理子さんのリモコン忘れの場面、すごくリアルで胸がぎゅってなった。大好きだったテレビに興味を失うって、日常が少しずつ壊れていく感じが伝わってきて怖かったよ。でも瑞樹さんが「一人で抱え込まないで」って言ってくれて、しかも花火デートのお誘い……罪悪感とときめきの間で揺れる柊吾の気持ち、すごく分かる。瑞樹さんの優しさが染みるなあ。ふたりにとって、あの夜が最高の思い出になりますように🥀