里長(さとおさ)と呼ばれた男は視線をバストロに戻すと、片手をペトラに向けながら聞く。
「はぁー判ったよ、出来る限りの協力は惜しまない、所でこの小さなボアは? 横に居る弟子、レイブだったか? この子のスリーマンセルなのか?」
「ん…… まだ候補って所かな…… 何しろこんなに小さくて弱々しい体だろう? まず、この冬を越えられるかどうか…… 何分食べる物にも困窮しているだろう? 飢えて死ぬかもしれないからな…… グスッ……」
ペトラが慌てた感じで口を挟もうとしたが、その気配を察したバストロが、一つきり残った左目に殺気を込めて睨んだ事に気が付いて口を噤(つぐ)む。
バストロの姑息(こそく)過ぎる狂言にも拘(かかわ)らず、里長は小さな黒猪(こくちょ)、フルダークネスの毛皮に包まれたペトラを見つめ、腰を屈めて優しげな声を掛ける。
「この地の冬は確かに厳しい、毎年、沢山の命を奪うが心配要らないよ、確かにまだまだ体は小さいが毛艶の良さや瞳の力強さは君の生命力、生き延びる力を顕している! 大丈夫だよ…… それに食べ物だって目一杯持って帰って貰うからね、頑張って生き延びるんだよ、頑張らなけりゃだめだぞっ!」
未だバストロの左の眼が殺意を湛えている事を確認したペトラは口を利く訳にもいかず、善人を騙しているという居た堪れなさから俯(うつむ)いて体を申し訳無さそうに震わせるのであった。
この姿は、当のペトラの思いとは真逆の効果を産んでしまったらしい。
具体的に言えば、里長の男性がこれまで維持して来ていた落ち着いた風情をかなぐり捨てて、逞しいその両の腕にペトラの小さな体をガッシッ! と抱きしめて眦(まなじり)を潤ませながら叫んだのだ、こんな感じで。
「恐がるな、小さき命よ…… おお、おおぉ、こんなに震えて可哀想に…… 良しっ、俺がお前を安心させてあげるとしよう! おいっ! お前らっ! アキマツリに準備していた食料や干草を持って来いっ! ハタンガ周辺の村々が消えてしまった、それを補填する分の物、芋や豆、豆ガラや麦わらも忘れずになっ! それと、俺の家に備蓄済みにして置いた、干し魚、ウチの里が若(も)しもの時用に備えておいた非常食、あれの中から四分の一、いいや三分の一を持って来てくれぃ! 北の魔術師、バストロに…… いいやっ! この可哀想な黒猪に食べて貰うんだっ! ほらほら、早くしてくれぃっ!」
『っ!』(ええっ!)
「里長…… 感謝する…… グスゥ……」(ニヤリ)
『っ!』(アゲイン)
「なんのぉ、なんのぉ! グスッ!」(本泣き)
「さてさて、んじゃあチャッチャと交換を済ませようかな? タリスマンとアミュレットは幾つづつ要るのかな? ユーカーキラーとアキザーキラーは切らしちゃ駄目だからねー! 狩人の皆や罠師の人達にもタンバーキラーをたっぷりと持って来ているよぉ! 今回は大きな鏃(やじり)型を大放出スーパーセールだよぉ! 女性の皆さんには日々の家事労働に華やぎを添える色鮮やかな繊維や布、糸の数々、さらにスパイスやハーブと調合した、魔術師秘伝の岩塩が選り取りみどりだよー! さあさあ、早い者勝ちだよ! 買った買ったぁ!」
ざわぁッ!!!!
バストロの叫びを聞いた里人達は、もう辛抱ならんっ! そんな風情で勢い良く跳ね橋を渡って押し寄せて来たのである、大体百人前後であろうか? この時代のニンゲンの里、村としては大きい物である、涙脆く優しい里長の人望が窺い知れる。
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