「っ…」私は手に持っていた豪華な装飾がされたデザインナイフを握りしめる。私の左手首から赤い鮮血が流れ出る。流れ出て飛び散った血が水槽を赤く染める。その中には2匹のアロワナが入っている。私は手首を眺める。私は目線をスマホに移す。一件の着歴が来ていた。『元気?調子はどう?』私はスマホに文字を打つ。『元気だよ』私はそれだけの文章を入力するとスマホの電源を落とした。そしてもう一度水槽を眺める。「はぁ…」私は一人部屋に籠った。下では談笑会が行われている。私はその空気の中に混ざることが出来なかった。私は勇気を振り絞って部屋の外に出る。「はぁ……」私は溜め息しかでなかった。勇気を振り絞る必要なんてないのに……
でも、今はそんな事気にしていられない。まずは下に行って馴染まなくては……「ふう……」なんとか踊り場まで来ることが出来た。「あ、深雪ちゃん」私を呼ぶ声が聞こえた。声のした方向を向くとそこには美月がいた。「美月さん」私は美月に駆け寄る。そして私は美月に抱きついた。「え?どうしたの?」美月は困惑していた。「怖い」私はそう呟いた。美月は察したのかそっと私の頭を撫でてくれた。「大丈夫、大丈夫だよ」美月は優しく囁くように私に言った。そして頭を撫でる手を止めると、今度は優しく私を抱きしめた。「大丈夫……私がいるから……」美月の体温が伝わる。その暖かさに私は安心した。すると一人の男がこちらにやって来る。「あれ?深雪さん、その娘は?」男はニヤニヤしながら私に質問する。「美月さんです」私は名前だけ答えた。男は美月の顔と私の顔を交互に見る。「ふーん、そうなんだ」男はそう言うと不敵な笑みを浮かべる。「えっと……誰ですか?」私は恐る恐る男に聞く。「まぁお堅くならないで下さいよ。私はあなたの主治医になったんですよ」男はニヤニヤしながら自己紹介をする。「主治医?」私は聞き返す。「まぁあなたはもう『鬱』の感情が強すぎて回復の見込みは無いんですがあなたのお父様から診てやってくれとお申し付けになったので私はあなたの主治医になりました」男はニコニコしながら自己紹介をする。「ほ…ほっといて下さい…」私は美月さんの後ろに隠れる。「ああ……そんなぁ……」男はあからさまに落胆したような表情をする。「先生、深雪ちゃんは今体調が悪いので関わらないで下さい」美月が男を睨みつけながら言った。「ははは……怖いなぁ」男はヘラヘラしながら美月に言う。「では私はこれで……」男はそう言うとその場を去った。
「深雪ちゃん、大丈夫?」美月は心配そうに私を見つめる。「はい、大丈夫です」私は笑顔を作る。しかしそれは作り笑いだ。本当はあの男に恐怖心を抱いている。だが美月に迷惑をかけたくないので私は笑顔を作った。「深雪ちゃん、無理しなくてもいいんだよ」美月は心配そうな表情で私を見る。「ありがとうございます」私は小さく礼を言う。「……深雪ちゃんは……ずっとここに居るつもりなの?」美月は不安げな顔で私に聞く。
「え?」突然の質問に私は戸惑う。「もし……もしね……私がここから連れ出したら……深雪ちゃんはどうする?一緒に来る?」美月は真剣な眼差しで私を見つめる。「え?それってどういう……」私は困惑しながら聞く。「深雪ちゃん、逃げよう」美月は私の手を握る。「え?逃げる?」
「うん、深雪ちゃんを連れてここから出るの」美月は私の手を握り締める。
「……そんな事したら……美月さんまで巻き込んでしまいます……」私は声を震わせながら言う。
「大丈夫だよ、二人一緒だから怖くないよ」
「まぁ彼女は堕ちるところまで堕ちればどうにかなるかと……」主治医を語った男が父に話している。
美月は私の手を離すと、私の両肩を掴んだ。「深雪ちゃん、私はあなたを助けたいの」美月は真剣な眼差しで言う。「私……は……」私は言葉が出ない。
「……ごめんね、いきなりこんな事言って……でも本気なの」美月はそう言うと私の肩から手を放した。「深雪ちゃん……またね……」美月は小さく手を振るとそのまま去って行った。
「……私は……」私はその場に立ち尽くした。「はぁ……」私は深く溜め息をついた。私、どうすればいいんだろう……私の人生は『理想』を殺して『単純明快』を目指してきた。しかしその結果がこの有様だ。『理想』を叶えても『単純明快』は叶わない。「なんで……私は……『理想』を捨てれば良かったの……?」私はそう呟いた。私はスマホを取り出してSNSに一文投稿する。『生きていたいよ』と。
「おい、深雪」
「……」私は黙っている。
「おい、聞いてるのか?」男は苛立った様子で言う。「……ごめんなさい……聞いてます」私は小さく返事した。私に話しかけているのは父だ。父は私を睨みつけている。父の後ろには美月がいる。「深雪、お前最近学校に行ってないらしいな」父は私に質問する。「……はい……」私は小さく返事する。「何故だ?」父は更に質問してくる。「……行きたくないからです」私は父を真っ直ぐ見て答える。「……そうか」父はそれだけ言うと私に背を向けて去って行った。「深雪ちゃん……」美月は心配そうに私を見る。
「大丈夫ですよ、私は大丈夫です」私は笑顔を作って美月に言った。しかし美月の顔は曇ったままだった。
「深雪ちゃん、ちょっといい?」ある日の昼下がり、私は美月さんに呼び出された。「はい、何ですか?」私は美月さんの部屋にいた。相変わらず綺麗に片付けられた部屋だ。「深雪ちゃん、最近本当に大丈夫なの?ちゃんとご飯食べてる?」美月は私の顔を見ながら質問する。
「はい……食べてますよ」私は笑顔で答える。しかしそれも作り笑顔だ。本当は食欲なんて無い。でも食べないと怪しまれてしまうので無理矢理食べていた。「そう……それならいいけど……」美月さんは少し不安そうな表情をしていた。
「……あの、美月さん」私は美月さんに話しかけた。「ん?何?」
「その……私、最近おかしいんです」私は正直に話す。「……どういう事?」美月さんは首を傾げる。「私、『鬱』が治ったはずなのに……全然気分が優れないんです」私は俯きながら言った。「……そう」美月さんはそれだけ言うと黙り込んでしまった。「深雪ちゃん……無理しないでね」美月さんは優しく私に言った。
「……はい」私は小さく返事した。
「深雪、ちょっといいか?」ある日の夕食後、父は私を呼んだ。「……はい」私は父に返事をすると父の部屋に向かった。部屋に入ると父は椅子に座っていた。父は私を見据えると口を開いた。「深雪、最近学校はどうだ?」
「……別に普通ですよ……」私は父を真っ直ぐ見て答える。「そうか」父はそれだけ言うとまた黙ってしまった。沈黙が続く中、父が口を開いた。「深雪……お前、何か隠してないか?」父の鋭い視線が私を射抜く。「え?な……何のことでしょうか?」私は動揺を隠すように笑顔で答えた。しかし私の笑顔は引きつっていたと思う。「深雪、正直に話してくれ」父は真剣な眼差しで言う。「だから……私は何も隠していませんよ」私は平静を装って答えた。「深雪……」父は私の名前を呼びながら椅子から立ち上がり私に近づいた。「……なんですか?」私は警戒しながら父に聞く。「最近、お前の様子が変だと美月くんから聞いたんだ」
「……え?」
「お前、何か隠しているだろう?」
「な、何言ってるんですか!私が隠し事なんて……!」
「じゃあなんでお前はそんなに動揺しているんだ?それに顔色も悪いぞ」
「……っ!」父の指摘に私は動揺を隠せなかった。「深雪、何か悩みがあるなら相談してくれ」父は私に優しく語りかける。瞬間私の中で何かが弾けた。「もう…」「どうした?深雪?」父は心配そうに聞いて来た。「放っておいてよっ!」私は思い切り父を突き飛ばして部屋を飛び出した。そして自分の部屋に駆け込み鍵をかける。喉に気持ちの悪い感覚が走り私はゴミ箱に吐いた。吐き終わったと同時に咳が出た。咄嗟に手で口を塞ぐ。手にはベッタリと血が付いていた。私はさっき父にしたことを後悔して枕に顔を押し当てて泣いた。しばらく経ってスマホを見る。SNSの投稿にコメントがついていた。『生きていて辛いですか?』そのコメントに私はこう返した。『辛いですが生きていたいです』と…..そして私は左手に持っていたデザインナイフをガラスのコップに投げ入れた。
コメント
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ども
以外と好きな話だった。