〇〇「……金曜日、か」
放課後の部室は、いつもより落ち着いた空気に包まれていた。
甘く柔らかな香りが漂い、まるで部室ではないかのようだ。
窓辺で静かに紅茶を注いでいるのは――雪平魔璃亜。
魔璃亜「あらごきげんよう、〇〇さん。本日はわたくしと、ですわね」
ゆったりと微笑みながら差し出されるティーカップ。
その立ち居振る舞いは、自然とこちらの背筋を伸ばさせる。
〇〇「あ、あぁ……なんか、今日は雰囲気が違うな」
魔璃亜「ふふ……場を整えるのは嫌いではございませんの。人の心も、こうして穏やかになれば…と。」
促されて席につく。
紅茶の香りはほんのり甘くて、飲んだ瞬間に肩の力が抜けた。
⸻
魔璃亜「今日の実験は“心の距離”を量ることだそうですわ」
〇〇「……距離、か」
魔璃亜「そう。ですが、無理に測る必要はありませんの。自然に過ごせば、それで十分ですわ」
彼女はそう言って優雅にカップを傾ける。
その仕草に安心しつつも、なぜか妙な緊張を覚えていた。
⸻
しばらく談笑をしていると、ふと魔璃亜の瞳が揺れた。
魔璃亜「……〇〇さんは、この部をどう思っておいでかしら?」
〇〇「心理部のこと、か?」
魔璃亜「ええ。個性豊かな方ばかりでしょう? 奇妙、と言ってもよろしいくらいに」
〇〇「……確かに変わってるけど、退屈はしないな。むしろ……楽しい」
魔璃亜「まぁ。そう言えるのは、あなたが素直だから、ですわね」
彼女の笑みは穏やかだったが、その奥に探るような色がある。
ただ問い詰めるのではなく、「確かめている」という優しい眼差し。
⸻
魔璃亜「……もし、あなたが困難に直面したなら」
〇〇「ん?」
魔璃亜「その時は、わたくしが傍でお守りいたしますわ」
〇〇「……守るって、どういう……」
魔璃亜「かつて、わたくしは“魔王”と呼ばれていた存在。強き者であったのですもの。あなたひとりくらい、支えることは容易ですわ」
〇〇「……それ、本気で言ってる?」
魔璃亜「冗談だと思っていただいても構いませんわ。ただ――覚えていてくださいまし」
淡い微笑み。
けれど、その声音には確かに揺るぎない強さが宿っていた。
⸻
気づけば、俺は彼女と自然に話していた。
緊張も忘れて、素直に思ったことを口にしてしまう。
魔璃亜の言葉の一つひとつが、不思議と心に寄り添ってきて――
「守る」と口にしたその響きだけが、胸の奥に残り続けた。
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