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「……おまえさ」
蓮司の声は、妙にやわらかかった。
「なんで“信じよう”なんて思っちゃったんだろうな?」
遥は答えない。
答えられるわけがなかった。
けれど、蓮司は言葉をやめなかった。
「……いや、ちがうな。
“信じていい”って、一瞬でも思えたんだよな。あいつの目を見て」
その口調は、嘲るでもなく、ただ事実を並べるだけだった。
「おまえ、ずっと他人を信じなかった。信じるふりも、しなかった。
でも今日──やっちまったんだよ。
“信じたかった”なんて、最悪だな」
遥の目が、ぎゅっと閉じられる。
「だってそれさ。
“救われたかった”って意味だろ?
“優しくされたい”って思ったってことだろ?」
その言葉が、喉の奥に棘のように引っかかる。
「──おまえみたいなやつが、優しさなんて、欲しがったらダメなんだよ。
……わかってたはずだよな?」
蓮司が喉元の手をすっと外した。
その一瞬の空白が、遥の胸を深く締めつける。
「誰も、おまえなんかに“優しくする権利”なんか持ってない。
だって、おまえはずっと、“加害者”だったんだから」
遥の呼吸が止まった。
「……っ……やめろ……っ」
絞り出すような声。
だが蓮司は、止まらない。
「小学校のとき。代わりに配膳手伝った女の子が、無視されて、壊れた」
「中学のとき。保健室でおまえに見られただけで、教室で嘔吐したって、広まった」
「高校では? 俺が見てないと思ったか?
おまえ、何度も“欲しそうな顔”してた。
……誰に対しても。兄貴にすら」
遥の心が、軋んだ音を立てて崩れていく。
「……それで、日下部まで。
“信じたかった”んだって?
“抱かれたい”と思った?
──ああ、そうか、そっちの意味で“欲しかった”んだな」
「違う……っ、違う……ちが……っ」
「じゃあなんだよ。
“誰かに優しくされたい”って気持ちが、ずっとおまえの根にあったってことだろ?」
蓮司の声は熱を持たないまま、真芯だけを撃ち抜いてくる。
「救われたがってた、ってことだろ?
──それが、一番“笑える”んだよ、遥」
遥は唇を噛み、身体を震わせ、言葉を出せなかった。
「“優しさを欲しがる自分”なんて、死んだほうがマシ、って。
おまえ、そうやって何度も自分を捨ててきたのに」
蓮司が、遥の耳元に顔を寄せる。
「今日、あいつに触れられたとき──ほんの少し、嬉しかったろ?」
「……っ……」
「それだけで、おまえ、“壊れた”んだよ。
だからもう、“壊れてないふり”すんな。
さっさと、自分の底まで落ちてこいよ。
──俺は、そこまで引きずってやるから」
蓮司の声は静かだった。
それでも、その静けさは、
遥の胸の奥に巣くう最も深い認知の歪み──
「欲した自分が壊した」
「優しさを求めることは、罪だ」
「救われたがることが、加害なんだ」
──それらすべてを、暴き出していた。
遥はもう、声を出すこともできなかった。
涙も流れなかった。
ただ、ベッドの上で膝を抱え、
目を伏せたまま、動かない彫像のようにそこにいた。
蓮司はそれを見届けると、立ち上がった。
「……じゃあ、また明日な」
そう言い残して、部屋を出て行く。
その扉の閉まる音だけが、遥の頭にいつまでも響いていた。