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加藤の追跡を断念して自宅に帰り、自室に引きこもった。机の上に並んだノートとペン、そしてスマホ。窓の外はすっかり夜になっている。時計の針は十一時を回っていたが、眠気は一切ない。
加藤と喋っていた身に覚えのない男の横顔が、何度も浮かんでは消える。
(あれは……どこかで見たのだろうか?)
目をつぶって、記憶の引き出しをひとつずつ開ける。文化祭の人混み、部活動の合同会議、駅前のバス停――断片はどれも繋がらず、焦燥だけが否応なしに募っていく。
俺はノートの左端に「条件」を書き出した。
・背が高い(加藤と同じか、少し上)
・白いシャツ、癖のない立ち姿
・左手人差し指に細いリング(光の反射で見えた)
・加藤と自然に会話 → 初対面ではない
・奏の名前を口にしていた
右側には「候補」を列挙する。まず、生徒会関係者。だが条件に合う者はいない。次に、奏や加藤と関わりのあった他学年。数人該当したが、リングの条件で外れる。
(やはり……有朋学園の外になるか)
そう仮定を立てながら、スマホでSNSを開く。加藤のフォロー欄を遡り、顔写真や集合写真を一枚ずつ丁寧に確認していく。表情や服装は違っても、立ち姿や手の癖までは隠せない。
五十件ほど流したところで、心臓が一瞬跳ねた。海辺で撮られた集合写真。中央に立つ背の高い人物――その左手人差し指に、あの細いリングが嵌められている。
(……いた!)
名前はハンドルネームだけ。タグには「K」とある。ノートに大きく「K」と記し、赤丸で囲んだ。今日見た輪郭と、写真の姿がピッタリ重なる。もう疑う余地はない。
(こいつが――“裏”だ)
それでも、声に出すのを躊躇った。今ここで奏に知らせるべきか。だが、根拠はまだ薄い。間違いなく危険を伴うせいで、奏を巻き込みたくはない。
その逡巡が、胸の奥に重く沈んでいった。
窓の外で、犬の鳴き声が遠くに響いた。それを合図のように、ノートを閉じる。
(明日からの動きは、この“K”を中心に回る。……必ず、奏の周りから引きはがす)
部屋の明かりを落とした瞬間、机の上のスマホが点滅した。通知のアイコンは、すぐに消える。
(誰かに……見られているのか?)
咄嗟に思いついただけで、胸の奥に冷たいざわめきが広がった。暗闇の中で、赤丸で囲まれた“K”だけが、不気味に光って見えた。