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光街 葵
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#迅悠一
「……そうか。お前も、あの女と同じだったわけだ」
二宮の口から漏れた声は、荒野の夜風よりも冷たかった。
彼の身体から、黄金のトリオンの光が立ち上る。それは一瞬にして、周囲の空気を歪めるほどの巨大な通常弾の群れへと形を変えた。対戦相手を包囲し、逃げ道を完璧に塞ぐ、二宮が得意とする絶対的な”数の暴力” 。怪我を負った者は一人もいない。血の一滴も流れていない。だが、この空間は、互いの心を致命的に切り裂く銃弾だけで満たされていた。
二宮の頭脳は、今この瞬間も”犬飼を無傷で無力化し、遠征艇へと連れ戻す作戦”をミリ秒単位で計算していた。
緊急脱出させれば、犬飼の身柄は遠征艇に強制転送される。肉体を傷つける必要はない。連れ戻して、檻に入れてでも、自分のチェス盤の上に戻す。それが最強の戦術家としての、そして隊長としての義務であり、エゴだった。
だが、二宮が放った計算通りの集中砲火を、犬飼は信じられない身のこなしで、音もなく回避した。
「あはは! さすが二宮さん、相変わらず凄い弾数。でもね_」
犬飼の携える黒い銃から、紫色の誘導弾が放たれる。それは二宮の計算した迎撃軌道をあざ笑うように、空間の歪みに沿ってグニャリと直角に曲がり、二宮のシールドの死角を正確に掠めた。
「こっちのトリガーはさ、おれの『飽きっぽさ』にちゃんと応えてくれるんだよね」
犬飼の放つ銃弾には、かつての二宮隊としての”
「規律」も「連携」もない。ただ、自分の好奇心の赴くままにトリオンの軌道を歪ませる、純粋な悪意なき狂気だけが乗っていた。
かつてのように”二宮さんの火力を最大に活かすためのサポート”として撃つ弾ではない。
ただ、二宮という最高峰の壁を相手に、自分の新しい玩具を試したいという、純粋な子供のような躍動感。
「犬飼先輩……ッ! やめてください!」
辻󠄀が弧月を引き抜き、犬飼の誘導弾を叩き落とし、トリオンの火花を散らしながら叫ぶ。
「僕たち、あの日からずっと、先輩と一緒に遠征に行くために頑張ってきたんですよ!? 鳩原先輩の代わりに、今度こそ、4人で……!」
「辻󠄀ちゃん、君は本当に良い子だね」
犬飼は躊躇なく銃口を辻へと向け、引き金を引いた。
「でもさ、4人って誰のこと? 鳩原ちゃん の席は、ずっと空いたままだったじゃん。おれたちのチェス盤はさ、あの日からもう、とっくに壊れてたんだよ」
紫色の閃光が辻の足元を爆破する。辻󠄀は攻撃をまともに受けることなく、爆風で後方へと吹き飛ばされた。五体満足。どこにも怪我はない。だが、犬飼の言葉は、辻󠄀がこれまで必死に目を背けてきた”二宮隊の致命的な空白”を、容赦なく白日の下に晒した。
「なぜだ、犬飼」
二宮が、一歩、前に踏み出す。彼の周囲のハウンドが、さらにその密度を増し、荒野の闇を黄金色に染め上げる。
「お前にとって、ボーダーでの日々は、我々と過ごした時間は……ただの暇つぶしに過ぎなかったのか」
「んー、暇つぶしって言うと聞こえが悪いけど」
犬飼は首を傾げ、いつものように、本当に楽しそうに笑ってみせた。
「楽しかったよ、本当に。二宮さんの完璧な作戦通りに動いて、勝って、みんなに褒められてさ。……でもね、それだけなんだよ。全部、最初から最後まで『予想通り』。おれ、そういうの、すぐに飽きちゃうんだよね。二宮さんのチェスは完璧すぎて、次にどの駒がどこに動くか、おれでも全部わかっちゃうんだもん」
犬飼の瞳には、二宮への恨みも、ボーダーへの怒りも存在しなかった。ただ、どこまでも透明で、何も映さない絶対的な虚無。彼はただ、鳩原未来がすべてを投げ打って飛び込んだ”予測不可能な向こう側の世界”へ、自分も同じように飛び込んでみたかった。それだけのために、彼は二宮と辻󠄀を、平然と置き去りにしたのだ。
「じゃあね、二宮さん。辻󠄀ちゃん。おれのこと、もう捜さないでね。これ以上追いかけても、二宮さんの評価シートに傷がつくだけだよ?」
犬飼はそう言って、悪びれもせず、銃口を自分の足元へと向けた。次の瞬間、異界の紋章から放たれた黒い霧が、犬飼の身体を包み込む。
「待て! 犬飼!」
二宮が全トリオンを解き放ち、荒野を黄金の光で埋め尽くした。それは連れ戻すための光ではなく、目の前の裏切り者を、その傲慢な微笑みごと、盤面から強制的に排除させるための、怒りの奔流だった。
だが、光が収まったとき、そこにはもう、黒いスーツを着た青年の姿はなかった。近界民の兵士たちも、音もなく闇へと消え去っていた。後に残されたのは、犬飼の弾丸によって不規則に、めちゃくちゃに抉られた、冷たい荒野の地面だけだった。
コメント
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第4話、読み終えました。犬飼の「飽きっぽさ」がトリガーとして機能している設定、すごく好きです。彼の言葉一つひとつに悪意がないからこそ、二宮さんの「なぜだ」という問いがより深く刺さりました。あの「完璧すぎるチェス盤」の比喩、響くものがあるなあ。辻の「4人で」という台詞も、鳩原の空白をずっと引きずってきた関係性が見えて切なかった。次、どうなっちゃうんでしょう。