夕夜、もう高校生なんだから家にいないで自立しろ!! と親父にスパルタな事を言われ都会へ投げ出された夕夜は17歳という年で一人暮らしをしている。家事は全て自分でやらなくてはいけない。そして今日は初登校日。いつも以上に緊張してしまう。
「でも俺はやるんだ!」
そう…夕夜にはある、やるべき目標があった。学校生活も大事だが男ならだれでも通る道、彼女を作るという特大イベント。俺はこのイベントを夏休みが来る前に達成しなくてはならない。そう心に決め学園に向かって歩いていく。新しい道を覚えながら歩いていく昔の住んでた風景とつい比較してしまう、そう思い歩いていると目的の学園が見えてくる。キレイで整然としたように見える。改装したのだろうか。すると、学園の周りを走っている陸上部が見える。
「おぉ、陸上部だ……朝練中かな…」
ふと先頭に走っている娘と目と目が合う瞬間まるで時が止まったような不思議な感覚がお互いに感じハッと我に帰った瞬間、後ろから大人の女性の声が聞こえ後ろを振り返ると良い匂いが鼻の中に広がる。
「こんにちは」
「こんにちはっ!」
「あなた、転校生の皇くんね? はじめましてあなたの担任の小林といいます、よろしくね」
「はじめまして! よろしくお願いします。」
夕夜の目線は自然と先生の胸元にいってしまうが必死に目を上げる。良い匂いといい話しかけ方といいスタイルといいこの先生妙に色っぽく感じるそう思っていると……。
「皇くん?」
「はいっ!」
「大丈夫? 緊張してる?」
腰を少し曲げ胸元が見える姿勢で心配する姿は、夕夜を誘惑しているように見える。
「大丈夫です!」
「そう? あっ教室案内してなかったわね、来て案内するわ」
先生に言われ教室の前に立つ。すると先生は夕夜のネクタイを直し始める。
「ちょっせ、先生?」
「教室に入るんだからだらしない恰好はカッコ悪いでしょ、見た目は大事なんだから」
ネクタイやシャツのシワを直し、先生は満足そうな顔で微笑んだ。
「今から朝のホームルームはじめるから呼んだら来てね」
「はい…」そう言うと先生はにっこりと笑い教室へ入っていく。
「はーい少し早いけどホームルームはじめるよ~」
「えーまだいいじゃないですかー」
「だーめ、今日は大事な話があるんだから」
号令の呼び掛けが聞こえ机や椅子を引きずる音が木霊する。
「はい、今日はこの教室に転校生が来ます!」
先生がそう言うと生徒の声が廊下に聞こえる。
「みんな仲良くしてあげてね、それじゃどうぞ!」
教室の扉を開け教卓の前に立つ、緊張してるのか心臓の鼓動が脳内に響き渡る。黒板に自分の名前を書きいれる。
「皇夕夜です、よろしくお願いします」
生徒の拍手と歓迎の言葉が夕夜の緊張した心を落ち着かせてくれた。「よろしくなー!」
「皇くん! よろしくね!」先生は空いている席を指差してそこに座るよう言う。空いてる席に座ると前の席にいる女子がにやりと笑った。
「ねぇ、授業が終わったら学園案内してあげるよ」
「ありがとう、えっと…」
「私の名前は東雲真美。委員長しているの」
「よろしく」そして時は流れ放課後になる、まさか一日でクラスのみんなと仲良くなれたのにはさすがに驚き、東雲さんと一緒に学園内を歩く。東雲さん…小柄だけど几帳面で優しい人だなぁ、と思い見つめているとやはり胸に目が行ってしまう……男の本能だろうか。案内が終わり東雲は委員長の仕事があるからと先に行ってしまった。
「さて、どうするか…そうだ! あの陸上部の子に会いに行こう!」
夕夜が学園のグラウンドに駆けると、陸上部がグラウンド場でストレッチをしていた。
「えーと、さっきの子は……」ストレッチをしている部員の中に一人、目できょろきょろと何かを探している子がいた。
「あの子だ……」するとその子とまた目と目が合った。「あっ」「あっ」
その時、体格のいい三年生が声をかけてきた。
「おい、お前見学者か? 今一人委員会の仕事でいないんだ、せっかくだから手伝ってくれ」
「は、はい」「名前は?」「皇です」
恐る恐る陸上部内に入ると三年生がストレッチをするペアを作ると言いだした。
「じゃあ、ペア決めいくぞ~前田は杉森と神田は加賀と……」
どんどんと決められていくペア決め…クソォ~俺、運動音痴だからやばいよ、気になる子を探してただけなのにストレッチの手伝いとか絶対足引っ張るじゃんと、心の中で後悔していると……。
「……。式上はそいつ皇と」「えっ……」右横に振り向くとその子がいた……緊張しているのかもじもじとしている。
「は、はじめまして…式上海羽です……」「は、はじめまして…皇夕夜です……」
「それじゃストレッチはじめ~」三年生が笛を鳴らしストレッチがはじまる。
「じゃ、じゃあ式上さん背中押すよ」
「う、うん」グラウンドに座って足を広げる式上さん。
(式上さんって身体柔らかいんだなぁ)
背中を押すと抵抗感がなく真っ直ぐ背筋が伸びていく。
「す、すご」「皇くん……もう少し強く押して」「あ、うん」式上さんの背中を強く押すがもうお腹が床についてるあたりやりすぎじゃないかと心配になると、式上さんが何か小声でつぶやいていた。
「胸が~」「式上さん、今なにか…」
「よーし交代しろ」三年生の声が聞こえると式上さんは立ち上がり夕夜も連れられて立ちあがる。
「交代か…」「す、皇くん」
「ああ! ごめん、今やるよ」
「それじゃはじめ!」先輩の声と笛が鳴り響く。
「それじゃぁ押すよ? 痛かったらすぐ言ってね」そう言うと式上さんは夕夜の背中を強く押してくる。
「いでっ!」
急に足の筋がピーンと伸びるのを感じそれに続くように激痛が起こる。
「大丈夫っ!?」「わすれてた……」
「えっ?」「俺、運動音痴だったんだ……」
「えええっ!?」驚くのも無理はない、夕夜は昔から身長が高いが運動は全然ダメだった。中学の頃は科学部で運動なんか体育の時間くらいしかなかった。
(ああぁ…どうしよう……嫌われたなこれは…入学初日に女の子に嫌われるしかも初恋の人、終わった…)
「皇くん」「はい」顔を上げ式上さんを見ると彼女は俺に手を伸ばす。
「無理せず、簡単なストレッチからしてみよ?」
「っ!?」俺のために簡単なストレッチを選んでくれたのか? 式上さんはまるで天使だ……。
「うん!」軽めのストレッチをして最後に一周短距離を走ることになった。
「おい、皇!」強面な三年生が俺に近づいて肩に手を置いてく。
「皇、無理するなよ」キツイ事を言ってくるのかと思いきやさすが三年生、思ったより優しい。
「式上、走れるか?」
「はい、いつでも行けます」式上さんはグラウンドの白線内に入り靴紐を結び直す。
「準備運動しなくていいのか?」
「はい、さっき皇くんとしたので大丈夫です」
そう言うと式上さんはこっちに目線を向け、にこっと笑う。両手をグラウンドに着き手を付け足をスターティングブロックに乗せる。
「よーい……ドン!」式上さんの走る姿は生き生きとしている。足がグラウンドを強く蹴っているのが分かる。
「やっぱり走るのは楽しい、もっと、もっと前にっ!」
他の部員との差を大きくつけゴールしていく。
「タイムは……また更新してる」息を切らして部員から渡されたタオルで汗を拭いている。
「すごい走りだった、あんなに楽しそうに走るなんて」すると横から部員の情けない声が聞こえてきた。
「ひえーマジか……」
「またか、これで五個目だぞ」
スターティングブロックの前にしゃがみ込む二人の部員を見てみると…。
「これって…」それはボロボロに破壊されたスターティングブロックだった。式上さんが? いやいやまさか。
式上さんの足を見てみるが細長く肌が綺麗で、強い脚力を持っているとは思えない。すると学園のチャイムが鳴り部活終了となった。
「式上さんもし良かったら一緒に帰らない?」「うん、いいよ…」
「遅くなってすみません!」息を切らしながらグラウンドを走り三年生のいるところを一人で向かう東雲。
「おお、東雲か」「間に合いましたか?」
「見ての通り、今片付け中だ」
「そんな……今日、私の好きな走りがあるのに…」「今日のストレッチ! 今日のストレッチ誰が式上さんのペアでした!?」
「ああ、確か転校生の皇だっけ? そいつと組んでたよな」
「皇……」「あいつ珍しく喋ってたよな?」「だなぁ、ああいうヤツこっちに入ってくれないかな」三年生が楽しく転校生の話で盛り上がりながら片付けが終わり、教室へ戻っていく。
「式上さんが、他の人と?」
オレンジ色の空に照らされている式上さんの頬。流れる汗のてかりがきれいに見え、その瞬間、夕夜は生唾を呑み込んだ。
「………」「………」
(マズイ! 会話がない!)
「皇くん身体大丈夫?」
「え、あ、うん大丈夫だよ」「………」
「皇くん」「ん?」
「今日は、その、あの、えと、ありがとう………またね」そう言うと式上さんは走って先に帰ってしまった。はじめて女の子と下校した。これは青春のスターティングブロックを踏み始めた事なのだろうか、しかし胸の中に少し冷たい風が通っていくのを感じる、女の子との会話でつまずいてしまった。しばらく考えながら明日式上さんとリベンジトークしてみようと思った。そして翌日、学校の授業が終わり昼休みが入った。教室の扉を開き式上さんのいる教室へ向かうと廊下でばったりと出会った。
「あっ」「あっ」また目が合った、突然、出会ったため頭の中にライン引きが通ったかのように真っ白に染まった、だがここで二度目の失敗はしたくない!
「式上さん、良かったら一緒に昼食でもどうかな」
「あ、皇くん、ごめんね…私もう食べちゃったんだ」
「あ、ああ! わかった! ごめんね! 誘って」
「ううん! 私こそ誘ってもらったのに断ってごめんなさい」お互い頭をペコペコと下げていると一人の女子が話しかけてきた。それは見覚えのある顔、東雲さんだと分かった。
「式上さん、どうしたの?」「東雲さん……」
「あっ皇くん、お昼まだなんでしょ? 早く食堂に行かないと混んじゃうよ?」
「ああ、そうだった! じゃあ式上さん、また!」「………」
「……? どうしたの? 東雲さん」
「え? ううん、なんでもないよ、行こ!」 食堂に着くと広々としたテーブル、賑やかな雰囲気が、いるだけでも気分を浮き立たせる。おぼんを持ちトングで自分の食べたい料理を乗せる。まるでバイキングに来たみたいだ。
「おーい皇~」振り向くと男子クラスメイトが集まっていた。
「あっみんな」「こっち、こっち!」言われるがままにみんなのいる席に座る。半分みんながどんな会話をするのか気になっていたが…。
「それじゃ」「いただきます!」
「そういえばお前彼女できた?」
「まだできてねぇよ…」「クソォ、俺なんてまた振られた………俺運なさすぎだろ…」といかにも男子高生が考える話や愚痴が飛び交ってきた。
「そういえば、陸上部にいる式上って知ってる?」
「ああ、あの長距離最強のクイーンだろ?」「なにその異名」
「知らないのか? 皇、式上の事」
「知らない」
「式上海羽、陸上部長距離代表、長距離走の選手達はこう呼んでる。長距離走のクイーン」
「長距離最強のクイーン……かっこいい」
「こいつがそう言ってるだけだ、気にするな」
「おい、今いい感じの空気だっただろ~式上の逸話的な感じでさぁ」一人の男子生徒がそう言った。会話が弾み昼休みが終わり残りの授業が流れるように終わった。放課後、皇は本を借りようと図書館へ向かった。廊下の窓ガラスを見ると紅色の太陽が眩しく輝き下に沈んでいく。 そして目線を図書館へ向け中に入る。図書館の中は涼しく本は綺麗に整理整頓されていた。
「すごい数の本だな」夕夜は自分が読みたい本を探していると、本棚と本棚の間に見覚えのある顔が見えた。
「あれは、式上さん? 式上さん!」
「皇くん? どうしてここに?」
「読みたい本があって、式上さんは?」
式上さんが両手で持ってる本は筋肉に関わる本だった。
「筋肉の仕組み事典?」
「うん、筋肉の事とか、次みんなで鍛える部位の細かな所とか勉強したくて…」
「すごいね式上さん」「全然凄くないよ!」「すごいよ! 陸上の事をよく考えているしかっこいいよ!」
「か、かっこいい?」「かっこいいよ! 特に走ってる姿!」
「そんなことないよ、走ってるとき胸が大きくて邪魔で動きづらいから、しっかりと走れないし、かっこよくないよ」
「む、胸はそのままでいいと思うよ! 陸上選手ってみんな胸大きくないけど、式上さんの胸は魅力的だから自信持った方がいいよ!」
そう言い切った後しばらく沈黙が続き自分たちが今恥ずかしい会話をしてることに気付き、二人の頬はリンゴのように赤く染まった。 その次の日の昼休み。夕夜は友人から屋上のところでご飯食べると気持ちがいいと勧められたので、屋上の階段を登り扉を開けた。そこは人気がなく風がほのかに気持ちよく、屋上から見る景色はまた格別だった。ベンチに腰を下ろし手に持っていたサンドウィッチを頬張る。青空を見上げ流れ動く雲を見つめサンドウィッチを食べ終わる。袋をゴミ箱に捨て、屋上を歩いていると式上さんが体育着姿で足の筋トレをしていた。
「あっ皇くん」
「式上さん、筋トレしてるの?」
「うん、だけど上手くいかなくて、皇くんで良ければ、その……手伝って欲しい……」式上さんの顔には焦りと緊張感が伝わってくる。
「うん! 全然手伝うよ」スクワットやバーピーなどの回数を数え選手の走り込みの動画を一緒に見て効率のいい走り方などを研究していると周りはだんだん暗くなり夕方になっていた。屋上に設置されている時計を見ると時刻は午後五時になっていた。
「ん~! もう夕方か~」
「なんだかあっという間だったね」荷物をまとめて屋上から降り校舎へ出る。
「式上さん、少しは役に立てたかな?」
「うん! すごい助かったよ! 私の気付かない事を正確に教えてくれたしほんとに、感謝してるの……」
「式上さん……良かった」「えっ……」
「今度よければまた陸上の研究やらない?」「うん! ありがとう夕夜くん……」
次の日、夕夜はいつも通りグラウンドへ行き式上さんを見ていると、一人の部員が喉の渇きで苦しんでいた。
「喉が渇いたぁ、頼むぅお前の水筒に入ってるスポドリ分けてくれよぉ」
「いやだよ、俺のもないんだ」急な猛暑だから油断していたのだろう、しかし目の前で式上さんが汗をかいている。
「んん?」夕夜はスマホを取り出しカメラズームを使うと汗が体育着に染みて微かに透けていた。
「マジか! 汗で服が透けるなんてヤバいだろ……ってそう考えてる場合じゃない!」
夕夜は猛暑の中コンビニへ駆け込み大量のスポーツドリングを購入しグラウンドへ戻る。グラウンドへ戻ると、陸上部員達は日陰のあるグラウンドの端っこで部活終了の準備体操が始めていた、陸上部員のところへ駆けて向かった。
「式上さん!」
「夕夜くん、その大きな袋は?」
「暑いからスポドリ大量に買ってきた、皆の分もあるよ!」部員達はスポーツドリンクの入った袋に手を突っ込み取っていく。先ほど苦しんでた部員はごくごくと流し込むように飲み切っていた。
「プハー! 美味い! 生き返る~」
「皇助かったよ、さすがだな」部活が終わり式上さんの着換えを待っていると東雲さんと目が合った、まるで威嚇するかのような鋭い目つきでこちらを睨みつけてきた。
「東雲さん……」声を掛けようとすると歩いて帰ってしまった。東雲さんの後ろ姿を眺めていると後ろから冷たい物が首筋に触れる。
「うわっ!」後ろを振り向くと式上さんがクスっと笑っていた。
「夕夜くん、今日はありがとね、みんな笑顔になってたよ」
「みんな苦しそうだったからね、少しでも手助けになればなって」
「優しいね、でも……このあまったスポドリどうするの?」
「どうしよう……部員の数数えないで買っちゃったから、けっこう残っちゃった」
「良かったら数本貰おうか?」
「えっ、いいの?」
「うん、家にいる時でも自主トレするから」
「式上さんありがとう」ビニール袋を持ち自主トレの話をしながら別れ帰路へ着いた。 朝、耳障りな目覚まし時計を止め目を擦っていると、窓の方に雨音が木霊していた。ガラガラと窓を開けるとジメジメとした湿気に包まれ、朝から汗をかくような暑さだった。
「もう梅雨か、今日の陸上部は無理そうだな」テレビをつけ制服に着替える。ニュースからは一日中強い雨が降ると言っていた。テレビを消し傘を持って歩いていると目の前のバス停に雨宿りしてる式上さんを見つけた。
「式上さん、おはよう」
「あ、夕夜くん……うん、おはよう」
「式上さん、傘は?」
「実は、折り畳み傘が壊れちゃってバスが来るまで待ってるの」
「式上さん、良かったら隣入る?」
「え? いいの?」夕夜は自分の隣に式上さんを入れて一緒に歩き出す。
「ありがとう夕夜くん」「どういたしまして」一緒に一本道を歩いていると式上さんが深いため息を吐いた。
「はぁ……この雨どうにかならないかなぁ」
「今日から梅雨に入ったみたいだね」
「うん……私梅雨が苦手……」「どうして?」
「だって気持ちよく走れないし湿気で髪が駄目になるから嫌なんだ……」
「確かに走れないのは嫌だね、大事な大会の時に練習が遅れるのは」
「そうそう」 二人で学校の校門に入っていくのを東雲さんが凝視していた。「皇 夕夜……」
夕夜と式上はそれぞれ違う教室へと向かう。扉を開けるとクラスメイト達が、集団になって何か話していた、聞こえてくるのは夕夜と式上さんとの内容だった。
「みんな、おはよう……」と挨拶するとクラスメイト達がグイグイと迫ってきた。
「皇! 彼女出来たのか!?」
「皇くん! どうやって式上さんと仲良くなれたの?」
「おい皇! 俺にも攻略法教えてくれよ!」なんとか席に着くと目の前には野次馬のように大勢のクラスメイトが黒板を覆い隠すように集まってくる。その時、ピー! と笛の音が響き、一斉に笛の吹いた方向を見ると、風紀委員と委員長の東雲さんが立っていた。スタスタと歩いて夕夜の席に向かった。東雲は鋭い目つきで言った。
「あなたみたいなのと式上さんが付き合ったら、彼女の陸上の成績が落ちるわ!」
「お、おい、言い過ぎやろ東雲」と男子生徒が言う。続けて女子生徒も言い過ぎと批判すると、東雲は黙ってどこか行ってしまった。その日の授業の内容が頭に入らず放課後になった。
「放課後か……」東雲さんの言葉が脳裏に浮かびため息をつきながらカバンに教科書を詰めていると、男子生徒と女子生徒が心配そうな表情で近づいてきた。
「皇大丈夫か?」「うん、大丈夫」
「酷いよね、あんなに言わなくてもいいのに……」
「式上のファンなのは知っとたけど、あそこまで言うんか?」
「ねぇ、今から三人でカラオケに行かない?」
「ええなぁ! 皇はどないするんや?」
「ごめん、俺はいいや」
「おおう、気にすんなや、ほな行こか、皇また明日」「じゃあね皇くん」二人が教室から出るのを見ていると、教室の扉側に式上さんが心配そうな顔で立っていた。
「式上さん?」カバンを肩にかけ式上さんのところに向かう。
「夕夜くん……その……」もじもじと何かを言うのをためらっている。
「式上さん?」「傘、さしてほしいの、一緒に……ダメかな?」
(めちゃくちゃ可愛い! なに!? 赤らめた顔で言われたら断れないじゃん!)
「いいよ、行こうか」二人は昇降口まで一緒に歩いていると、まだ帰っていないクラスメイトが心配そうに見ていた。傘をさし隣に式上さんを入れると手に温かいぬくもりを感じた。傘の持ち手を見ると夕夜が握ってる傘の持ち手に式上さんが手を握っていたのだった。
「行こ」雨音は聞こえなくなり心音が脳内に響き始めた。この胸に湧くドキドキを感じながら校門を抜け歩いていると式上さんは少し微笑んでいるように見えた。
「ふふっ」「式上さんどうしたの?」
「ううん、なんでもない……ねぇ夕夜くん」
「……?」「雨……止んだよ」空を見上げると雲の隙間から日差しが入り、そこから青空が広がっていく。それはまるで二人のもやもやしていた気持ちが消えたようだった。
「傘はいらないかな」と傘を閉じようとすると式上さんが手をギュッと強く握った。
「まだ、こうしていたいな」「し、式上さん」晴れた空の下に二人は一本の傘をさしながらゆっくりと家まで歩き出した。 梅雨が明け暑くなりセミの声ががじりじりと鳴り響く。夏休みに入るため短縮授業が増え、放課後の教室は雑談をするクラスメイトで賑わっていた。夕夜は以前に借りた本を返そうと図書館へ続く廊下を歩く。
「暑い~なんでこんなに暑いんだよ」と愚痴りながら歩いていると筋肉の仕組み事典を持った、式上さんが図書館へ向かうのが見えた。図書館に着き返品カウンターに本を返し運動系の本棚に向かう。特に読みたい本はなく、式上さんを探していると背中に軽い衝撃が入った。「わぁ!」思わず大きな声が出てしまい、口を両手で塞ぎ後ろを向くと式上さんが立っていた。
「ごめんなさい、驚かせちゃって」
「大丈夫、大丈夫。それより、珍しいね。そっちから話しかけてくるなんて」
「うん、実はね今度の日曜日空いてるかな?」
「日曜日? 空いてるよ」
「良かった……日曜日にね一緒にゲームセンターに行って欲しいの」「ゲームセンター?」
「私、行った事が無くて……一人で行くのも緊張しちゃうというかハードルが高くて……」
「わかった、一緒に行こう」そう言うと困っていた顔が明るい表情に変わり笑顔が出た。その時、式上さんと同じクラスの女子が彼女を呼んだ。
「そろそろ部活の時間だよ~!」
「あっ、呼ばれた。ありがとう夕夜くん! じゃあ、学校の近くのバス停に集合ね!」
式上さんはそう言って図書館を出た。夕夜は日曜日の事を考えながら家に帰った。帰宅した夕夜はパソコンを付けゲームセンターについて調べた。
「シューティングゲームや格闘ゲーム、レースゲームもあるのか……ん?」
ゲームセンターのサイトを覗いていると水族館のチケットを販売していた。
「水族館か……いいかもしれない」夕夜はチケット購入ボタンをクリックした。そして事前にゲームセンターに行きチケットを貰った。帰りにゲームセンターの中を見てみると沢山のゲーム機が並んでいた。夕夜はゲームセンターに入らずそのまま歩き帰路へ着いた。 日曜日の当日、夕夜は早く目が覚めてしまい服を選ぶ、まるでデート前の乙女のように服を選んでは替えるということをしていた。
「はっ! 何やってんだ俺は……! よしっ!」家の扉を開け約束したバス停に向かうと、式上さんが早くも着いていた。
「式上さん?」「夕夜くん、おはよう」
「お、おはよう」「なんか早く来ちゃったね」早く着いた二人はバスが来るまで軽い雑談をして時間を潰した。バスが着き二人は同じ席に座ってバスが目的地に着くのを待った。
(もう同じ過ちはしないぞ! ゲームセンターで話すことがあるんだからな!)
「ふふっ、楽しみだなぁ」夕夜が口を開こうとした瞬間、式上さんが話しかけた。
「楽しみ?」「うん、はじめてのゲームセンターだからどんなのがあるんだろう」
「レースゲームとかシューティングゲームとかが有名みたいだけど、式上さんが得意そうなダンスゲームとか体力ゲームがあるよ。」
「体力ゲーム?」
「学校にある体力測定みたいな感じだよ」
「へ~そんなゲームがあるんだ! やってみたいな」話しているうちに目的地に着き二人はシューティングゲームやバスケットボールゲームなどゲームセンターにあるゲーム機を遊び尽くし最後に、二人はバスの中で話した体力ゲームに挑戦した。無事クリアした二人は、ゲームセンターから離れ昼食を取るためにファミレスへ寄った。
「運動したからお腹すいちゃったね」
「ゲームセンターはどう? 楽しい?」
「うん! でも音がうるさくて耳が痛かったけど楽しかったよ!」
「良かった」(俺の場合、明日は全身筋肉痛だな……けど、喜んでもらえて良かった)
ほっとしていると、デザートを食べていた式上さんが口を開いた。
「夕夜くん、この後はどうする?」
「このあとは行きたい所があるんだ」
「どこにいくの?」首を傾げた式上さんに夕夜は秘密と応えファミレスを出た。 夕夜は式上さんの手を繋いで水族館へ向かう。
「夕夜くん、この道って……」
「これ」夕夜は歩きながら水族館のチケットを式上さんに見せる。
「水族館? なんで私に?」
「式上さんのこともっと知って仲良くなりたくて……」
「夕夜くん……」二人は水族館へ入り魚を見て回ったりショーを楽しんだ。水族館から出ると日が沈み夕焼けになっていた。
「暗くなった来たからそろそろ帰ろうか」と言い二人は帰りのバスに乗り学校のバス停に向かった。バスから降り一緒に帰っていると、いつもの分かれ道に着いた。
「またこうやって出かけたいな……」
「俺も式上さんと一緒に……」
「夕夜くん……」ふと沈黙が流れそろそろ帰ろうと切り出せない雰囲気になってしまった。
(まずい! 帰ろうって言葉が出ない!)
式上さんの顔にはまだ一緒にいたいという少し寂しげな表情が夕夜の帰ろうという言葉を封じ込める。
(何だろうこの気持ち、まだ一緒にいたいのに胸が苦しくなる)すると式上さんが夕夜の服の裾を掴みなにか言いたそうに見つめている。そこへ誰かの足音が聞こえ始めた。
「あれ? 式上さんじゃん!」二人の目の前に東雲さんの姿が現れた。
「えっ、東雲さん⁉ あのこれは!」
「なになに? もしかしてデート?」
「デデ、デート⁉」
(まずい! このままだと式上さんが壊れちゃう!)夕夜は東雲さんの前に立ち事情を説明した。式上さんの顔は茹でだこのように真っ赤になっていた。
「へ~式上さんゲームセンター行った事なかったの⁉ それならそうと言ってよ~」東雲さんは二人から離れ何か思い出したかのように歩き始めた。
「じゃあね! 二人とも! このことは秘密にしておくから」と言って帰ってしまった。
(デートか……俺の中ではそうと思ってたけど他人に言われると照れるな)
「夕夜くんとならデートしてみたいな」と式上は頬を赤くしながら夕夜の前でボソッと言った。
「式上さん……」「あっ……」そう言った式上さんは恥ずかしそうに全力ダッシュで走り去ってしまった。式上さんの走り去るところを見届けた夕夜はクスっと笑って夜空を見ながら脈があると考えた。夏休みまで後二日……またデートのようなことを誘うか、自分の気持ちを言うか。しかし夕夜の気持ちはもう隠せないと悟り、今の思いを伝えるほうが先だという結論に至った。
「っ…………!」ここにもう一人、走り去る式上さんを見ていた人物がいる。物陰に身を潜め、東雲は拳を強く握りしめながら下唇を嚙んだ。 翌日の朝夕夜は覚悟を決めて朝練してる式上さんのグランドへ向かった。その表情はまるで最後の戦いかのような真剣な眼差しだった。朝練してる式上さんのグラウンドに着き話すタイミングを見計らっていると式上さんが先に話しかけてきた。
「おはよう! 夕夜くん! 昨日の事はごめんね」
「おはよう、昨日はありがとう、あの後大丈夫だった?」
「うん、パニックになってたけど大丈夫」
「そっか、あのさ、放課後……話があるんだけどいいかな?」
「うん! 今日は部活ないから平気だよ!」
「良かった」すると式上さんの後ろから三年生の声が聞こえてた。
「あっ、もう行くね! また放課後!」
「うん、また後で!」夕夜は朝練に戻る式上さんに手を振り教室に戻った。 教室に戻り授業が始まるがこのあとの事で頭が一杯になっていた。
(ヤバい……緊張して集中出来ない!何か! 何か考えろ……俺!)だがこうして考えてる間に授業が進み気付けばホームルームになっていた。
「もう放課後か……」すると東雲さんが少し機嫌悪そうに、教室に入り夕夜を呼んだ。彼女はなぜか、思ったような表情で夕夜睨みつけている。
「……あなた、式上さんのこと、好きなんでしょ」「うっ」夕夜は困惑し、言葉につまった。
「どうなのよ」「……そ、そうだよ」耐えられないような沈黙が続き、夕夜は自分が怒鳴りつけられているのではと思った。そのとき、東雲さんが口を開く。
「わかった……式上さんを悲しませたら承知しないからね。私、ガチで推しなんだから」
東雲さんの表情が、ふっと緩んだ。
「皇くん、式上さんが呼んでるわよ」
「えっ?」教室の黒板の上にある時計を見ると、すっかり放課後の時間になっていた。そして教室の外を見ると式上さんが手を振っていた。
「式上さん!」夕夜は席を立ち式上さんの所へ歩いていると後ろから微かな声が聞こえた。
「ごめんね……」後ろを振り返るが誰もおらず、気にせず夕夜は歩いた。式上さんをグラウンドに誘い周りに誰もいない事を確認する。
(緊張するぅぅ! やばい! 心の準備がっ!)誰もいないことが分かると式上さんにバレないように深く息を吐き、式上さんの顔を見て口を開いた。
「式上さん昨日のやりとり覚えてる?」
「あの後さ、気持ちがもう……抑えきれなくなってきて、決心がついたんだ」夕夜は式上さんの頬に手を添え顔を近づけた。
「俺、式上さんの事が好きだ……」
「えっと、私からも話していい?」
(そうだよな。こっちが一方的に気持ちを伝えただけだし、式上さんの気持ちも考えないと……見た感じかなり驚いてるし)
「その、告白されたのはすごい嬉しいし、夕夜くんと話しはじめて毎日がすごく楽しいの」
「ゲーセンとか私に色んなゲームを教えてくれたり、水族館に連れてってもらった時も……」
(式上さん……)「デートかって言われた時も夕夜くんがうまく誤魔化してくれた……」
「でもね……その時に胸が苦しくなって、自分の気持ちが抑えきれなくなって……」
「だから……」式上さんは夕夜の添えた手を強く握った。
「私も夕夜くんの事が好き、大好き……喜んでお付き合いさせてください」
式上さんの好きという言葉が体にじんわりと染みわたり、同時に嬉しさがこみ上げてくる。
「ありがとう式上さん、俺今すっげ嬉しい…」
告白が終わりそれを合図かのように学校のチャイムが鳴り響いた。
「か、帰ろうか」「そうだね……」
「式上さん、手を」二人は一緒に手を握って学校に背を向け、校門をランニングのゴールに向かう様に走り抜けた。二人は何も言わず一緒に一本道を走っていく、ここから夕夜の新たな物語が進みだすのはまた別のお話……。
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