私にとって一花ちゃんは憧れの存在で、いつしか心のよりどころになっていた。
でも一花ちゃんにとって私はただのクラスメイトの一人、せいぜい友達の一人くらいに思われてただろう。
「おーす、一花ぁー。今日の放課後遊びにいこー」
「うん、またモールに行く?」
「そーだね。あ、仁美ちゃん、仁美ちゃんも行く?」
「あ、えっと」
「仁美ちゃんも行こうよ」
「う、うん!」
「じゃあ一花に仁美に、あとは――」
こんな感じでクラスのグループに混ぜてもらって、友達の一人として遊ぶことはあった。
だけど本当にそれだけだった。
2年生に上がったら、クラスが別々になっちゃって、一度交友関係は途切れてしまった。
「あ、仁美ちゃん、おはよう」
「あ、うん、おはよう」
廊下ですれ違えば声くらいはかけてくれる。ただそれだけだった。
一花ちゃんは普通に他の友達と仲良くしてた。
私は反対に、クラスの中で友達と言える相手を作ることができなかった。
2年になったら、いやがらせをされることもなくなったけど。
友達もいなくて大してお金を持ってない私の趣味と言えば、図書室の本を読むか、家の近くのレンタルショップで漫画やCDやDVDを借りてみたりしていた。
……あ、あとはたまに、舞台を見るくらいかな。
私が持ってるスマホはあまり性能が良くないので、お金もかかるからスマホで動画を見ることとかもめったにしない。
私は一人になりたくて学校の裏手の教会に忍び込み、そこで本を読んだりしてぼーっとすることが多かった。
その日、私は読書をしているうちにうたた寝をしていた。
ふと気づくとだいぶ日も暮れていた。
――と、
「声?」
教会の中で誰かの声が聞こえる。
声の主は一人だけだったが――
「いったい私って何のために存在しているのかしら?私なんてこの世界から消えてしまえばいいのに!本当にくだらない世の中!」
「あ、アスカちゃん!久しぶりだね!え、もしかして私のこと忘れちゃったの?えー、超ショックー!ひどいよぉー、小さい頃はあーんなに私になついてたのにぃー」
「え? このお菓子、全部食べてもいいの? ケーキもチョコもパフェもみんなみんな? やっほーい! まるで夢みたーい!」
私は目をぱちくりとさせる。
一花ちゃんがスマホの画面を見ながら、ひとりで芝居がかったセリフを一人で朗読しているのだ。
「あのねぇアユム君、そーいうエッチな事は将来結婚してか――」
一花ちゃんが私と目が合って硬直する。
そして、顔が真っ赤になる。
初めて見るうろたえた顔だった。
「え、い、いつから!?」
「えっと、少し前から?」
「――――――――っ!」
一花ちゃんは口をパクパクとさせている。
私は一花ちゃんにぐいっと近づいた。
「凄い! 一花ちゃんすごいよ!」
「え? え?」
「今のって声のお芝居だよね!? アニメとかの! 声優っていうの? すごくきれいだったしかっこよかった! 一花ちゃんにこんな特技があるなんて全然知らなかったよ! 一花ちゃん、素敵だよ! とてもきれいな声だった!」
興奮して一方的にまくしたてる私に、一花ちゃんはあっけに取られていた。
「あ、あの、子供っぽいかなって思うかもだけど」
一花ちゃんは照れ臭そうに話し始めた。
「子供のころからね、アニメとか映画の吹き替えとかを聞いたりして、興味持ったの。それで、一人で声優の真似事って言うか、お芝居の練習っていうか……。でも、正直恥ずかしくて……」
そんな風に話す一花ちゃんの顔は真っ赤だった。
でもそんな一花ちゃんの顔も含めて愛おしくなった。
「ううん、凄かったよ。とても素敵な声だった」
「ありがと、なんか嬉しいな。ところで、今更だけど仁美ちゃんはここで何してたの?」
「え? 私? 私はその、読書してうたた寝してただけ。私、ほら、その、あんまり友達いないから、ここに忍び込んで読書とかしてるの」
「そうなんだ、お互い入っちゃいけないところに無断で入ったりして、不良だね」
そう言って、一花ちゃんがくすくすと笑った。
「どんな本読んでたの?」
「あ、えっと……こういうの」
その日私が持ってたのは、少し昔のアニメのノベライズ本。女の子同士の友情と片想いを描いた内容だった。
一花ちゃんはそれをパラパラとめくる。
「へー、女の子同士の恋愛を描いた小説かぁ。仁美ちゃんってこういうの好きなの?」
一花ちゃんはからかうようにそう言ってくる。
「はうっ、恥ずかしい」
「ふーん、なるほどねぇー」
一花ちゃんはページをパラパラとめくり、あるページで手を止めた。
そしてジーっと眺めた後、空気を吸って……
「ごめんね! 貴方の描いた絵、勝手に見ちゃって! そんなに怒ると思わなかくて、でも見られたくなかったんだよね? 軽はずみなことしちゃってごめん!」
「ちがうの、私の絵気持ち悪いから。気持ち悪い絵しか描けないから、嫌われちゃったと思っただけなの」
「嫌いになんかならない! ……じゃなくて、ううん、私、あなたの描く絵、すっごく素敵だと思う! 私、あなたのこと大好き! あなたの事も、あなたの描く絵もすごく好き!」
私は目を見開いた。
目の前の一花ちゃんの演技に圧倒された。
「……………………」
「……………………」
「フフ♪ アハ、アハハハハハハハハ♪」
一花ちゃんはたまらず噴き出し、もう我慢できないと言わんばかりに楽しそうに笑いはじめた。
つられて私も笑顔になった。
温かい、楽しい。
なんでこんなに幸せな気持ちなんだろう。
「一花ちゃん」
「うん?」
「もっと一花ちゃんのお芝居が聞きたい。また聞かせてくれる?」
「うん、もちろん」
「ありがと、一花ちゃん。私、一花ちゃんの声、大好き」
この時から、私と一花ちゃんは親友になった。