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「はぁ……はぁ……はぁ……」
異常な空間に突然放り込まれたことへのストレスのせいか、私の身体はまるで鉛のように重かった。
それでも私は教会を目指した。
キッズ向けアトラクションのような、生活感のない異常な空間の中にあって、
学校の裏手にある古ぼけた教会だけが浮いて感じた。
しかしようやく私が知っている正常な景観が目に入り、私は身体を引きずるように必死に向かう。
やっとの思いで教会までたどり着き、扉を開け、そのまま入った。
教会の中は静まり返っている。
毒々しいまでの原色で彩られた景色はいっさいなく、赤ちゃん向けのおもちゃやぬいぐるみなんかも存在しない。
ひたすら静かで冷たい空間。
そして、白檀(びゃくだん)のような上品な香りが立ち込め、燭台にはやさしい蝋燭の火が灯されている。
正常な空間の中に入ったおかげだろう。
身体が感じていた生理的嫌悪感がスッと消えた。
「これは……」
「私が作った即席の結界よ」
「だ、誰?」
闇の中から現れたのは、背の低い女の子だった。
私よりも一回りくらいは小柄で、中学生くらいだろうか?
でもやけにおっぱいが大きい。
「一応確認だけど、東雲一花よね? 仁美の友達の――」
「そ、そうだけど、あの、あなたは……」
「私は枢木みくり(くるるぎ みくり)。仁美の親戚で叔母。まぁあの子からは”みくねぇ”って呼ばれてるから、あの子のお姉さんだと思ってもらって構わないわ」
「え?」
その自己紹介に私はあっけにとられた。
「なによその顔」
「あの、枢木ちゃんっていくつなの?」
「見て分かんないの? とっくに成人済みよ? あ、でも年齢は秘密だけどね」
「あの、歳下じゃないんですか?」
「ふん、一花、覚えておきなさい」
みくりは腕組みしてつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「魔女はね、歳を取ればとるほど若返るのよ」
「は、はあ……」
もしかして、いわゆる痛い人だろうか?
「本題に入るわよ。まず一花、アンタ、仁美が首吊り自殺したことは覚えてるかしら?」
「え? みくりちゃ――じゃなくて、みくりさんは覚えてるんですか!?」
「よかった、やっぱりアンタは覚えてたのね」
「どうしてこんなことになってるんですか? 仁美はいったいどうしちゃったの?」
「落ち着きなさいって。イチから説明してあげるから。ほら、深呼吸、肩の力を抜く」
言われるがままに、私は、「スー、ハー」と深く息を吸い込んで吐きだした。
ぐちゃぐちゃだった気持ちを落ち着かせる。
「いい子ね。じゃあ説明するわよ。仁美はおそらく、妖魔化してる。今あなたが体験している怪奇現象は、全て妖魔化した仁美が起こしているものよ」
「ようま? 妖魔って何?」
いきなり突拍子もない言葉を聞かせられて、私は聞き返した。
「まぁそこから説明が必要よね。妖魔っていうのは、平たく言うと実体化した怨霊とでもいうのかしら? 怪異という言い方もできるわね。要は、強い無念の気持ちを残したことで怨霊になって、現世に実体としてとどまっている存在。妖魔は強烈な負の想念に満たされている。その負の想念で現実世界に災厄を振りまく。ここまでは理解できた?」
「えっと、何となく……」
「呑み込みが早くて助かるわ。仁美の家系はね、もともと私と一緒で魔女の家系なのよ。その仁美が死んだことで妖魔化し、魔の力を呼び覚ましたのね。今話した通り、妖魔は負の想念に満たされているから、その負の想念を周囲に振りまいて不幸や祟りを引き起こす。でも、仁美の妖魔については、今のところそこまで呪いは起きてないのよねぇ。アンタも、何か恐ろしい現象に見舞われたとしても、殺されるようなことは起きてないでしょ?」
もう何度も恐ろしい目に遭っている私としては、正直同意できない。
だがみくりは勝手に話を続ける。
「でもね、このまま放置していれば間違いなく彼女の負の想念は暴走を始めるでしょうね。しかも仁美の負の想念はケタ外れの力を持っているみたいだし」
「ケタ外れ?」
「あの景色を見たらわかるでしょ?あの子の持つ魔力は、世界そのものを改竄するほどの力を持っている。そしてあのイリュージョンさながらの怪奇現象だけじゃない。理由がよく分からないんだけど、仁美が自殺したことだけでなく、仁美が声優としてプロデビューしたことが”なかったこと”にされてるの」
「えっ? ……………………あっ」
「あら、気づいてなかった?」
「は、はい、死んだはずの仁美が蘇ったことにばかり気を取られてて……。でも言われてみればそうですね」
今年の四月、三年生が始まったその頃。
仁美が声優としてプロデビューしたことは、学校でちょっとしたニュースになった。
学校中の話題になり、仁美はちょっとした人気者になっていたのだ。