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「本当、どんくさい奴だなぁ」
呆れたような口調で俊豪が森の奥からやって来た。手にしている縄の先には死んだ讙達が縛り付けられている。その数5匹。
「一匹仕留めるのにどんだけ手間取ってるんだよ」
「う゛っ、面目ないです」
私が一匹捕まえている間に俊豪は5匹捕まえていた。自分の出来の悪さにちょっぴり凹む。
朝日が登り始める頃には村へと戻ってこれた。仕留めた讙を村のみんなに見せると、ホッとしたように胸をなで下ろしている。
「これで一安心。姉ちゃん、それから俊豪様もありがとうございました」
「まだ礼を言うのは早い。元凶である讙を殺したからと言って、悪化した病状が元に戻る訳では無いからな」
俊豪の言う通り。讙の鳴き声によって進行してしまった病はそのままだ。だから村の多くの人が動けない状況には変わりがない。
「そんなに心配しなくても大丈夫! 師匠特性の仙薬を色々持ってきたからさ、ね!!」
絶望の表情を浮かべた弟に仙薬の入った袋を見せると、もう一度目に希望の光が宿った。
休んでなんかいられない。
讙の解体と仙薬の原料にする為の加工作業は慣れている俊豪に任せて、私は村のみんなの病状を診て回る事にした。
村にいた頃の記憶を頼りに予想を立てて、持てるだけの仙薬を持ってきたけれど、それでも足りないものや用意していなかった物はその場で作って対処していく。
これまでの経験や知識をフル活用。
寝食を惜しんで動き続けること半月。讙の処理を終えた俊豪も途中から治療に加わって、力及ばず手遅れになってしまった人もいたけれど、どうにかこうにか村の状態は安定してきた。
「そろそろ村を離れても大丈夫だろう」
「うん、そうだね」
仙薬を種類別に分け入れている俊豪に頷ずき返した。薬は暫くの間分は作っておいたし、もうそんなに心配しなくても良いだろう。
にしても、ヨレヨレになって疲れきっている俊豪なんて珍しい。目の下はくまで淀んで肌にハリがない。目なんて死んだ魚みたいだし。ちょっと可笑しくなってぷッと吹き出すと、俊豪に怪訝そうな顔をされた。
「なんだよ」
「ご、ごめん。俊豪がこんなにくたびれてる所なんて初めて見たから」
「……」
「あー、本当にごめん。馬鹿にしてる訳じゃないんだってば」
また勘違いされてしまう。手を合わせて謝まりながら俊豪の顔を伺うと、夢から覚めたようなぼんやりとした口調で「ああ」と呟いた。
「俺、こんなに夢中になって誰かを助けようとした事なかったな……」
「俊豪?」
「あんたと居ると、ホント調子狂うわ」
「……? よく分かんないけど、とりあえず褒め言葉として受け取っておくね」
じっと見つめられて居心地が悪くなってきたので、話題を変えることにした。ひと段落したらしようと思っていたので、今のこのタイミングなら良いだろう。
「私さ、桃源郷に帰る前にこの村の近くの島に住んでいる龍神様に挨拶しに行こうと思ってるんだ」
「龍神?」
「そう。|敖順《ゴウジュン》様って言うんだけど、昔嫁と称して生贄にされそうになった事があるの。折角だから帰る前に会いに行ってみようかと思って」
「また凄い縁だな。まあいい。後は俺に任せて行っていいぞ」
「ありがとう」
お言葉に甘えて早速、敖順の住む島へ向かう事にした。
海岸まで走って、舟は……いや、水の上を歩いて行こう。
今の自分なら、この長い距離の水上歩行でも出来そうな気がする。
磯から海面へと足を踏み出す。
体の内にある陽の気と陰の気を縒り合わせて神通力にし、足の方へと流していく。
ユラユラと揺れる海面に足の裏がついた。
そのまま体重をかけて…………出来たっ!
何歩進んでも体は水の中へ沈まない。
かつて颯懔がしていた様に、私も海の水の上を駆けて島へと向かう。
暗い洞窟内に入ってからは暗視の術も併用して、なかなかに集中力がいる。1番奥にある岩棚近くまでくると声がした。
「誰だぁ? ワシの住処にズケズケと入ってくる不躾な奴は」
「敖順様、御無沙汰しておりました。私、明明と言います。何十年か前にお嫁に来た事があるんですけど、覚えておいでですか?」
岩棚に横たわる敖順に拱手をしながら挨拶すると、じいっと私を見たのち笑いだした。
「ぶわっはっはっ! あの時の小娘か! なんじゃ、仙女になったのか」
「はい、と言ってもまだ道士の身ですが。颯懔様に弟子入りして修業しております」
「そうかそうか。うむ、お前さんなら良い仙女になれそうじゃ。して、今日はどうした」
「肇海村に讙が出没していたので退治しに来ていたんです。ひと段落して村を去る前に、敖順様に御挨拶しようと思ってやって参りました。と言っても、お酒も何も持ってこなかったんですけど……」
会いに行くことだけ考えていたら、うっかり手土産を持ってくる事なんて忘れていた。手ぶらと言う事実に今更ながらに気が付いて恥ずかしい。
「わっはっはっ、そんなもんは良いさ。あの日以来
、村人達が時々酒を置いていってくれるからな。……ああ、そうじゃ。酒と言えば明明よ、お前さん竹酒を知っとるか?」
「竹酒……。竹で作った入れ物に酒を入れて香りをつけたやつですか?」
「いんや。本物の竹酒じゃ。竹の|稈《かん》に樹液が溜まって中で酒と化すらしい」
「へえー、そんなものがあるんですね」
「そいつをこの間、龍神同士で集まって飲んだ時に聞いてのぉ。飲んだことがあるっちゅう奴が甘くて美味かったと言っておって、どんな味がするのか気になって気になって……」
敖順がじゅるりとヨダレを飲み込んだ。
私もお酒は多少飲めるけど、敖順の酒好きは筋金入りっぽい。目がランランと輝いている。
「それでなぁ、明明、お前さんが今日ここにやって来たのも何かの縁じゃ。竹酒を見つけて持って来てくれんか? 礼は弾むぞ」
「えーと、でもそれは任務外ですし……後で師匠に怒られるかも」
「なぁに、颯懔が文句を言ってきたらワシが頼んだんだとちゃーんと言ってやる。ワシの鱗1枚でどうじゃ?」
「うえぇっ?! ダメですよ! 痛いじゃないですか!!」
見た感じ皮膚と鱗はきっちりと繋がっていて、ポロッと剥せるような代物では無さそうだ。無理に剥がしたりしたら相当に痛いだろう。それこそ人間の爪をメリメリっと剥がすような感じじゃないだろうか。
「まあ痛いと言っちゃあ痛いが、無理を言っとるんじゃ。きちんと再生するし、そのくらいはするさ。傷に効く軟膏くらい作れるじゃろ?」
「作れますけど……。それなら鱗は……」
要らない。と言おうとして思いとどまった。
龍の鱗って『超』が百個付くくらい貴重だよね?! 仙薬で使う事もあるらしいけれど、実際に使うところなんて見たことない。
金貨にしたらどのくらいになるんだろう。もう想像すら出来ない。
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
「分かりました。竹酒、持ってきます」
欲望に負けた。
欲に目の眩んだ人の末路は大抵、ろくなもんじゃないと言うのに。