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蟠桃会が終わってからひと月近く経つ。
明明はまだ帰ってこない。
讙退治がまだ終わらないのか?
それは無いか。
あまり手強い相手ではないし、俊豪もいる。俊豪はまだ道士だが話に聞いていた通り、仙術はなかなかの腕前そうだ。その辺にいる下仙よりもよほど上手いとみた。
ならば村人達の治療に苦戦しているのか。仙薬を持たせられるだけ持たせたが、足りなかったのかもしれない。
それなら様子を見に行こうか……。
いや、それは過保護と言うものだ。いちいち口出ししていては成長を妨げてしまう。
それならせめて、千里眼で村の様子でも……
「颯懔様ー。ものっすごい勢いで煮立ってますけど」
弟子の|天宇《ティエンユー》に声を掛けられて目の前の鍋に目を移すと、薬の材料を入れた鍋が煮えたぎっていた。
沸騰する直前の状態を保って煮出さなければならない工程だったのに!
「わっ!!!」
慌てて火から鍋を降ろそうとしたら、手を滑らせてひっくり返してしまった。零れた煮汁が炭にかかって、ジュワーっと音と共に白い煙をあげた。
「大丈夫ですか?!」
「ああ、手を滑らせただけで怪我はない」
「そうですか、良かった。にしても颯懔様、蟠桃会から帰ってきてから様子が変ですよ。ボケーッとして、何かあったんですか?」
「そ、そうか? 春になるとどうにもこう、眠くなって頭がぼうっとしやすいのう。ははは……」
「それなら目の覚めるような茶でも淹れてきますよ」
「うむ、頼む」
ひっくり返してしまった鍋と水浸しになった炭とを片付けようとしゃがむと、横からニョキっと女が出てきた。
「明明ちゃんがいなくて寂しーんだ?」
「うわっ! ……なんだ、紅花か」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた紅花が纏わりつき、顔を不必要な程に近付けてくる。
「そんなに明明ちゃんが気になるなら千里眼で見てみれば良いじゃない。使えるんでしょ?」
「そりゃあ使えるが……覗き見しているようで悪趣味であろう」
「んもー、そんな事言っちゃって。いくら仕事とは言え、独身男と2人きりなんて危険だと思わない? 明明ちゃん取られちゃうかもよ?」
「取られるってなんだ?……ああ、婚約の話か。それなら近いうちに解消する」
「解消?! なんでっ??!」
首を絞めてきそうな勢いで襟を掴んできた。
目を丸く見開き、信じられないとでも言いたげな表情が余計に傷付く。
「何でって……フラれたから」
「ふっ、ふられた??! それって明明ちゃんの方から婚約解消の申し出をしてきたってこと?」
「人の傷口をグリグリ抉るな」
「何でそうなるのよー。あ゛ぁー! これだから人間って面倒臭い」
狐色の髪の毛をワシワシと掻きむしって、地団駄を踏んでいる。心の乱れからか狐の耳と尻尾が出てきていた。
「もちろんちゃんと、颯懔の気持ちは明明ちゃんに伝えたのよね?」
「き、気持ちってなんの話しだ」
自分の心の内を誰かに話した覚えはない。
問い詰めるような眼差しでこちらを見ながら、紅花は自分の鼻を指さした。
「とぼけないでよ。知ってるんだから。あたしの目と耳を舐めないでよね」
紅花に嘘や隠し事は通用しない。改めて思い知らされた。もともとの狐と言う生き物の感覚の鋭さに加えて、人間と同等の知能が加わり洞察力・考察力が桁外れに優れている。
両手を上げて観念したとポーズを取ると、ふふんと得意げに鼻を鳴らしている。
「気持ち、ねぇ」
そういえば言えず終いだった。
「言う前にフラれたんだ。ふった相手から好きだのなんだのと言われても困るであろう?」
「はい、人間の悪いところー」
「ブブー」と指でバッテンを作りお説教モードに入った。
「そう言うのがダメなのよ! 思いやりだとか言って自分の心や欲望を隠すのよね。いちいち相手の顔色伺ってないで、ドーンとバーンと本音をぶつけるの! 時にはそう言うのも必要なの!!」
ビシーっと言い切った紅花は、どうだとばかりに視線を寄せてくる。自信満々に口をきいてくるがどこからその自信は湧いてくるのか。
「紅花……ひとつ聞いてもよいか?」
「なあに?」
「お主、一体どこまで知ってるんだ」
「どこまでって、大体全部知ってると思う。私の予想から行くと、明明ちゃんと婚約してるって事にして老君の目くらませにしてたんでしょ。その内に本気になっちゃった。可馨との関係にはケリを付けた。そして颯懔のアソコは機能不全」
「…………」
つらつらと事実を述べられて返す言葉も出ない。
「なーんでこうなっちゃったのかまではよく分かんないけど、と・に・か・く! 手遅れになる前に今すぐ明明ちゃんのところへ行って来ること!! 分かった?!」
「う……うむ……」
手遅れ……。
俊豪が蟠桃会の終わりに、わざわざ話しかけてきた事が気になる。
茶を淹れに行った天宇のことなどすっかり忘れて、金烏に捕まり肇海村へと向かった。