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四人で過ごした楽しい週末を終え、いつもの日常を送っていた橋本は、一番最後の客になる榊を黒塗りのハイヤーに乗せて、マンションに向かっていた。
「恭介、明日の朝もいつもどおりでいいんだな?」
「はい。変わりなくお願いします」
どこか生ぬるい返事の声に、橋本は違和感を覚え、ルームミラーで背後を確認すると、スマホを見ている榊の顔色が、どこか憂いを帯びていた。
「…………なにか心配事でもあるのか?」
橋本がルームミラーから前方に視線を移して声をかけたら、「あ……ぅ、どうしよう」なんて、榊らしくない歯切れの悪い返答をされた。
「俺がかかわることで恭介が混乱するなら、心配事について聞かなかったことにする」
白黒ハッキリさせたい性格の橋本だからこその言葉を聞き、榊は顎に手を当てて、暫し黙り込む。
「橋本さんは四人で出かけて以来、宮本さんと逢ってますか?」
妙な沈黙のあとに告げられたセリフに、橋本はチラッと背後を見てからすぐに答える。
「平日は余程なにかなきゃ、滅多に逢わない。お互い仕事が忙しいことがわかっているし、俺も夜は遅いしな」
「宮本さんが、どこかに出かけていることは聞いてますか?」
「出張の話は聞いていないが……」
「出張じゃなくて、う~ん。どうしよう」
ふたたび繰り返された『どうしよう』の言葉と宮本についての質問に、橋本の頭の中で自動的に整理がなされた。困惑する榊の態度を見ているからこそ、思いつく言葉があった。
「雅輝がどこぞで浮気している、決定的な現場の情報でも仕入れたとか?」
つとめて明るく言いながら、ルームミラーで榊の顔を見つめると、鳶色の瞳を大きく見開き、唇をきゅっと引き結ぶという態度を目の当たりにした。
「こういう嫌な予感ってのは、どうしても当てちまうんだよな。それで雅輝のヤツは、どこで浮気してるんだ?」
「浮気と決まったわけじゃないですって。きちんと、確かめてからじゃないと!」
「だが俺は、アイツがどこかにでかけている話をいっさい聞いていないし、アプリでのやり取りでもやっていない。恋人の俺に内緒で誰かと逢っている時点で、浮気じゃないかと疑うのが普通だろ」
この話を聞くまで、橋本はいつもどおりの日常を送っていた。だから当然、宮本も同じだと思った。毎日かわされるアプリのメッセージも、なにげないことを打ち込んだ後に、互いの気持ちを書き込み、おやすみなさいで終了している。
「橋本さん……」
「一緒に暮らしていれば、こういう苦労をしなくて済むんだろうな。まぁその前に別れることになったら、別々に暮らしているほうが楽か」
「そんなこと言わないでください。まだ浮気って、決まったわけじゃないのに……」
「それで雅輝のヤツは、どこにでかけているんだ?」
悲壮感漂う榊の言葉を打ち切るように、橋本はずばっと問いかけた。
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