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ゆゆゆゆ
#doublefedora
3,275
夜の街は静かで、ネオンだけがやけに浮いていた。
ピザ屋の看板“Builder Brother’s Pizza”も、その中のひとつだった。
セブンはいつものように扉を押す。
鈴が軽く鳴る。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうでエリオットが顔を上げる。
視線だけで「ああ、いつものな」と伝わる距離感だった。
セブンは無言で席に座る。
メニューは見ない。
「今日はチーズ多め?」
「……任せる」
短いやり取り。
それで成立する関係だった。
セブンは店内をぼんやり眺める。
子ども連れ、学生、騒ぐ声。
どれも自分とは無縁の世界に見えた。
その頃のセブンは、まだ“そっち側”にいた。
画面の向こうで世界を壊す側。
誰かが積み上げたものを、崩す。
それが仕事で、遊びで、存在証明だった。
ピザが運ばれてくる。
エリオットがカウンター越しに置く。
「最近、顔出す頻度増えてるな」
「……そうか?」
「落ち着くんだろ、ここ」
「……うるさいだけだ」
そう言いながらも、セブンは席を立たない。
それが答えだった。
エリオットは少しだけ笑う。
何も追及しない。
「まあいいや。
冷める前に食え」
セブンは一口食べる。
妙に、ちゃんとした味がする。
壊すことしかしてこなかった手で、
こういうものを掴んでいるのが少しだけ違和感だった。
その違和感に名前はまだなかった。
——その数日後。
雨の夜だった。
セブンが帰宅すると、玄関の前に何かがある。
小さな、箱。
いや、違う。
「……ガキ?」
毛布にくるまれた赤ん坊。
泣いてはいない。ただ、こっちを見ている。
置き去り。
理由は分からない。
セブンはしばらく立ち尽くす。
触れる理由も、責任も、本来はない。
通報すれば終わる話だった。
いつも通り、関わらずに終わらせることもできた。
けど。
「……チッ」
小さく舌打ちして、抱き上げる。
軽い。やけに軽い。
部屋に入る。
電気をつける。
赤ん坊はじっとしている。
妙に騒がない。
「……面倒だな」
そう言いながら、離さない。
その夜、セブンは一度もPCを開かなかった。
——翌日。
セブンは、いつものピザ屋に来ていた。
ただし、腕の中に“例外”を抱えたまま。
ドアベルが鳴る。
店内の視線が一瞬集まる。
「……おい」
エリオットが固まる。
珍しく言葉が詰まる。
「お前、それ……」
「落ちてた」
「落ちてた、で済む話じゃないだろ」
セブンはカウンターに座る。
赤ん坊は静かにしている。
「……どうすればいい」
「俺に聞くなよ」
そう言いながらも、エリオットは手を拭いて近づく。
赤ん坊を覗き込む。
少しだけ表情が柔らかくなる。
「……名前は?」
「ない」
「はあ……」
エリオットは軽くため息をつく。
けど、嫌そうではない。
「ミルク飲ませたか」
「……知らん」
「オムツは?」
「……替えてない」
「それはまずい」
エリオットは奥から何かを持ってくる。
簡易的な哺乳瓶。
「店の常連が忘れてったやつ。
使え」
セブンは受け取る。
ぎこちない手つき。
「角度、こう。
空気入らないように」
エリオットが少し手を添える。
すぐ隣の距離。
「俺、妹いるから。
小さい頃、よく見てた」
セブンは無言で聞く。
珍しく、ちゃんと。
「泣かなくても腹は減る。
寝てても急に起きる。
あと、理由なく泣く」
「……厄介だな」
「人間だしな」
赤ん坊がミルクを飲む。
小さな音。
セブンはそれを見ている。
壊す対象ではないものを、こんなふうに見たのは初めてだった。
「……名前」
「決める気あるのか」
「呼びにくい」
エリオットは少し考える。
そして適当に言う。
「クールキッド、とかでいいんじゃね」
「……雑だな」
「見た目がそれっぽい」
セブンは少しだけ考える。
それから、ぽつりと。
「……クールキッド」
呼んでみる。
赤ん坊は反応しない。
けど、それでよかった。
「まあ、いいだろ」
エリオットは肩をすくめる。
それ以上は踏み込まない。
「で、どうする気だ」
「……育てる」
短い答え。
迷いは、ほとんどなかった。
エリオットは少しだけ目を細める。
驚きと、納得が半分ずつ。
「じゃあ覚悟しとけ。
睡眠時間、消えるぞ」
「……元々いらん」
「あと金も飛ぶ」
「問題ない」
「あと——」
「うるさい」
セブンは遮る。
でも、拒絶ではない。
「……また来る」
そう言って立ち上がる。
クールキッドを抱いたまま。
「いつでも来い」
エリオットは軽く手を振る。
「困ったら聞け。
分かる範囲でなら教える」
セブンは振り返らない。
ただ、少しだけ歩幅がゆっくりになる。
その日を境に、何かが変わった。
PCの前に座る時間は減った。
代わりに、小さな呼吸を気にする時間が増えた。
夜中に起こされる。
理由もなく泣かれる。
思い通りにならない。
けど、それは“壊せないもの”だった。
そして、壊せないからこそ、
セブンは初めて手加減を覚える。
ピザ屋にも、変わらず通う。
ただし、一人ではない。
「……また来たな」
「……ああ」
「今日は寝てるな」
「さっきまで暴れてた」
「普通だ」
そんな会話が増えていく。
セブンは気づかないまま、
少しずつ“側”を変えていた。
壊す側から、守る側へ。
それがどれだけ難しいかも、
まだ知らないまま。