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ゆゆゆゆ
#doublefedora
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クールキッドが来てから、数日が経っていた。
夜。
部屋は暗い。
静かじゃない。
小さな呼吸と、時々混ざるぐずる音。
セブンはソファにもたれている。
目は閉じていない。
寝ていないだけだ。
「……またか」
クールキッドが小さく声を出す。
泣くほどじゃない。
でも、放っておくと大きくなる。
セブンはゆっくり起き上がる。
無駄に荒い動きはしない。
抱き上げる。
軽い。
相変わらず頼りない重さ。
「……何が不満だ」
当然、答えは返ってこない。
けど、少しだけ顔をしかめている。
不機嫌そうな顔。
セブンは少し考える。
「……腹か」
キッチンに向かう。
まだ慣れていない手つきでミルクを準備する。
温度。
昨日エリオットに言われたことを思い出す。
「熱すぎると飲まないぞ」
指先で確認する。
「……こんなもんか」
抱き直して、飲ませる。
クールキッドは少しだけ暴れる。
でもすぐに落ち着いて、吸い始める。
小さな音。
規則的。
そのリズムを、セブンはじっと見ている。
やがて、飲み終わる。
しばらくして——
「……寝たか」
呼吸がゆっくりになる。
セブンはそのまま、しばらく動かない。
腕の中の温度を確かめるように。
——静かになった部屋。
本来なら、この時間。
セブンはPCの前に座っていた。
誰かのゲームを壊すために。
侵入するために。
けど今は違う。
セブンはクールキッドを寝かせる。
慎重に。
少しでも雑にすると起きる。
それをもう学んでいる。
「……面倒だな」
小さく言う。
でも手は丁寧だった。
ベッドに置いて、毛布を直す。
少し離れる。
……泣かない。
それを確認してから、やっと息を吐く。
そして。
セブンはゆっくりとPCの前に座る。
画面をつける。
暗闇の中で、光が顔を照らす。
一瞬。
昔の感覚が戻る。
指が、自然に動きそうになる。
侵入コード。
慣れた手順。
何千回も繰り返した動き。
——けど。
止まる。
視線が、横に逸れる。
ベッド。
小さな影。
規則的な呼吸。
セブンはしばらく画面とそれを交互に見る。
「……」
数秒。
いや、もっと長いかもしれない。
それから。
キーボードに手を置く。
打ち込む。
いつもとは違う言葉を。
「赤ん坊 夜 泣く 理由」
検索結果が並ぶ。
やけに普通の画面。
攻略でも、侵入でもない。
ただの情報。
セブンは無言でスクロールする。
「……三時間おき?」
眉がわずかに寄る。
「そんなに起きるのか」
次のページ。
「ゲップをさせる」
「安心させる」
「……抱くのは正解か」
ぽつりと呟く。
誰も聞いていない。
さらに読む。
「泣き止まない場合は——」
セブンは一瞬止まる。
振り返る。
クールキッド。
寝ている。
問題ない。
それでも、もう一度画面を見る。
真剣に。
今まで一度も向けたことのない種類の集中。
「……面倒だな」
同じ言葉。
でも意味が違う。
逃げるための言葉じゃない。
向き合う前提の言葉。
そのとき。
小さな音。
「……ん」
クールキッドが少し動く。
セブンの視線がすぐにそっちへ行く。
PCはそのまま。
椅子が鳴る。
立ち上がる。
ベッドに近づく。
覗き込む。
「……起きるなよ」
小さく言う。
当然、通じない。
けど。
クールキッドは少し顔をしかめて——
また、落ち着く。
セブンはしばらくその場にいる。
完全に寝息が安定するまで。
それを確認してから、やっと戻る。
PCの画面はまだついている。
さっきの検索結果。
セブンはそれを見る。
そして、少しだけキーボードを叩く。
「赤ん坊 笑う いつ」
出てくる答え。
「個人差あり」
「……曖昧だな」
少しだけ、口元が動く。
笑ったのか、呆れたのか。
自分でも分かっていない。
画面を閉じる。
電源は落とさない。
でも、それ以上は触らない。
代わりに、またベッドを見る。
静かな部屋。
かすかな呼吸。
その中で、セブンはぽつりと呟く。
「……クールキッド」
名前を呼ぶ。
反応はない。
それでもいい。
「……次、笑え」
命令みたいな言い方。
でも声は、少しだけ柔らかい。
セブンはそのまま、椅子にもたれた。
眠らないまま。
ただ、見ている。
壊さないものを。
初めて、自分の意思で。